2018.12.09公開。
病院送りになった久森を見舞いに来た久森の両親と矢後が鉢合わせして一悶着あった話。
久森は矢後くんが見つけてヒーローにしたわけだから、色々あってもおかしくねーんだなあ……。
ところで、久森晃人は母親似ってはっきりわかんだね。
宿泊行事が好きではなかった。みんなで時間を合わせて行動し、あまり仲良くないクラスメイトと同じ部屋で寝る。何かと一人を好む久森には苦痛だった。
中学時代の修学旅行も本当は行きたくなかった。大阪・奈良・京都だったが、それでも行ったのはそれが普通のことで、親もそれを望んでいたからだ。自由行動では班員からわざとはぐれて一人で京都を見てまわり(それは楽しかった)、夜は空気も読まずに就寝時間に寝た。寝たふりをしているときに自分への陰口を聞いてしまった。「久森ってノリ悪いよな」「陰キャって感じ」「あいつ、便所飯してるんだろ?」などとなかなか破壊力のある内容で見ているスマホの画面が滲みかけたが、グッとこらえて寝ることに集中した。好きでここにいるんじゃない、と目を閉じた。
朝、目覚めると他の班員はみんな友達の部屋に寝てしまっていて、部屋には自分しかいなかった。そうなることは未来視をしなくたって、分かっていた。
帰ってきてから、母親に「楽しかった?」と訊かれて、色々な感情を抑え込んで、「楽しかったよ」とスマホで撮った風景写真を見せたことをよく覚えている。
「お前ってさ、母親似だよな」
久森が怪我をして病院送りになった次の日、赤く腫らした頬に絆創膏をつけた矢後が一番にそう言った。
原因はイーターに驚いて転んだときに強く腰を打っただけのことだったのだが、病院に搬送されたことは離れて暮らす両親にも連絡がいったようで、昨日は久しぶりに家族三人が揃った。成り行きでヒーローになったことは親にも言っていなかったので、驚かれてしまった。あんなに内気で大人しい晃人が……そう言って、母親は泣いていたし、父親は何の相談もなくヒーローになったことに憤慨していた。
久森があまりの痛さに気を失っている間、母親が矢後に何かしたのかもしれない……。頬の絆創膏でなんとなく察した。矢後が来たのが、二人がいない間で良かった。
「めちゃくちゃそっくりでびっくりしたわ。お前が女になったらあんな感じ」
「よく言われますけど……母さん、矢後さんに何かしました?」
どうでもいい話を続ける矢後の話を遮って訊ねると
「晃人は内気で大人しくて優しい子なのにどうしてヒーローになんてしたんだってぶん殴られた。別に痛くなかったけど」
「うわ……うちの母がすみません……」
相手が痛みを感じない矢後とはいえ、身内の暴行を素直に謝る。二人ともよく無事だったものだ。
「お前の両親の言ってることが面白かったからよ、ちょっと笑ったわ。お前が大人しくて内気で優しいって冗談だろ。いつもブツクサ口うるせえのに。あいつは自分の親の前でも猫かぶってんだなって言ったら、お前の母ちゃん、めちゃくちゃ目丸くしてびっくりしてたな。そっから、とにかくあなたみたいな不良もう二度と晃人と会わないでってヒスってた」
「……めちゃくちゃうちの親に嫌われてるじゃないですか。よく来れましたね」
「しゃーねえだろ。神ヶ原に書類持って行ってくれって頼まれたんだから」
「うわ……くっしゃくしゃじゃないですか。破れてるのもあるし」
「途中で明連高校の連中が絡んできたもんでな」
思い出したように手渡してきた書類はぐしゃぐしゃだった。仲のいい斎樹や御鷹にどうして頼んでくれなかったのだろう……。まあ、同じ学校なのは矢後一人だけなのだが。
「おつかいの最中で喧嘩しないでください。高校生なのにおつかいもできないんですか? 今時、幼稚園児でもこれくらいのおつかいやりますよ。矢後さん、幼稚園児以下なんですか? はあ……神ヶ原さんもなんで矢後さんなんかに任せちゃうんだろう……。こうなるの未来視しなくても分かるでしょ……」
「うるせえな。お前の今の姿見たら、例えお前の親でも大人しくて内気で優しいなんて言葉出てこねえだろ。大人しくて内気で優しい奴は余命宣告されてる俺に優しく接するんじゃねえの? そもそも俺なんかと関わらねえだろうが」
「……あのー、それに関しては無理矢理関係を迫られたに近いものがありますよね。矢後さんとか怖いからまったく関わる気皆無だったんですけど。怖いし。僕の自己分析では僕は内気で大人しい範疇に入ると思うんで……」
「ハッ、自分でそれ言うの、クッソ笑うんだけど。俺から言わせれば、お前は内気でも大人しくもねえ、ただの口うるせえ陰キャだ」
「……陰キャとか言わないでくださいよ。気にしてるのに」
「そもそも怖い相手に適当に言い返す奴がいるかよ。お前やっぱりおかしいわ」
「おかしい矢後さんにおかしいって言われるの、すごく心外なんですけど……」
不機嫌そうに睨んでくる矢後に適当に言い返していると、なるほど確かに矢後の言うことも一理あるかもしれないと感じた。久森はこれまで、両親に対してかなり遠慮している節があった。小さい頃、未来視で視た内容の話をすれば、嘘を吐くなと言われてしまって、自然と親に未来視の話はしなくなった。中学の修学旅行だってあまり行きたくなかったのに、行くことを望んでいる親を前にすると行きたくないなんて言えなかった。遠慮はしているが、二人とも好きだったからだ。
「親にもそれくらい雑に言い返せば?」
「そんな、父さんも母さんも矢後さんじゃないんですよ?」
「俺ならいいみたいに言うな」
ギロっと久森を睨む矢後だったが、テレビ台の時計を見るなり、気が変わったように踵を返す。
「どうしたんですか?」
「渡すもん渡したし、帰るわ。そろそろ戻ってくるだろ、お前の親。バイキン扱いされてるもんでな」
「確かにその方がいいですね。絶対ろくなことにならないし」
「じゃあな」
こちらは振り返らず、片手をひらひら振ってから、矢後さんは病室を去って行った。手元に残った書類を見て、思わず目を丸くする。
「ヒーロー登録解除届……?」
クシャクシャだったが、確かにそう書かれていた。他の書類はその要項や書き方の手本などだった。散々、ヒーローなんて自分には合わない、すぐに辞めたいと言ってきたが、こんなものを取り寄せた覚えはない。
「晃人、ヒーローなんてすぐ辞めなさい。お前には合ってないよ」
矢後と入れ替わるようにして戻ってきたのは両親だった。書類を見ている久森を見るなり、父親がそう言って、笑った。確かに父親の言う通りだ。ヒーローなんて向いていない。
「ヒーローは確かにかっこいいし、必要だわ。けれど、血性を持っていたとしても、あなたがすることじゃないわ」
次は母親だった。自分でもそう思う。他にもっと優秀なヒーローはたくさんいる。自分一人いなくたって、いいんじゃないか。いつもそう思っている。
この解除届に自分の名前を書いたら、それで久森のヒーロー生活は終了だ。後の人生をぽやーっとのんびり過ごすことができる。
(矢後さんもこれを見たのかな?)
これを神ヶ原から受け取って持ってきたのは矢後だ。そのときにその話をされたはずだ。
(何も言わなかったな)
自分が勝手に巻き込んだくせに一言もこれには触れなかった。それがなんだか腹が立つ。勝手に巻き込んだくせに勝手に捨てると言うのか。
「学校も転校したらどうだ? 風雲児は不良高校だし、江波区は治安が悪いだろう」
「晃人、また三人で暮らしましょうよ」
両親は口々にそう言うが、まったく久森の胸に響かない。今までずっと望んでいたことのはずなのに、ヒーローを辞める気持ちはまったく湧かなかった。
手持ち無沙汰にリンクユニットを握り締め、どう親に言ったものか考えていると視界に白昼夢のように景色が割り込んでくる。知らないうちに未来視をしていたらしい。
場所は江波廃校跡。狭い校内を黒い戦闘服を纏った矢後が大型を相手に奮戦していた。相変わらず、戦っているときだけはイキイキしている。こめかみを押さえ、続きを視る。矢後が大型の左脇を抉るとおぞましい叫び声を上げる。あの人は戦闘能力だけは高いから一人でもなんとかなるんだよなぁ。自分の出る幕はないか……と未来視をやめようとした瞬間だった。
校内を浮遊していた幼体のうち、一体が蝶が羽化でもするように大型へと成長していった。突然二体に増えた敵を見て、矢後はより楽しそうに目をギラギラ光らせる。敵が増えたのに何喜んでるんですか。さすがに一人で二体はやばいでしょう。未来の矢後へ聞こえるはずもないツッコミを入れてしまう。
なんとかせねば、またあの人は死んでしまう。
そこで未来視をやめて、久森は握り締めていたリンクユニットをより強く握りしめる。
「確かに僕、あの人に未来視の能力がバレたせいでヒーロー活動に巻き込まれたんだ」
「晃人、まだそんなこと言って……」
まだ未来視を嘘だと思っている父親が眉をひそめる。かつての久森ならば、苦い思いをしながら謝っただろうが、今日は違う。仲間の緊急事態が迫っているのに自分だけ病院のベッドでだらだら寝ているわけにはいかなかった。
「視えちゃうんだから仕方ないだろう! 今だって視えてる……だから、放って置けないんだ!」
突然息子に怒鳴られて、両親共に目を丸くして驚いている。そういえば、親に怒鳴ったことなんて一度もなかった。
親への弁明は後にするつもりで、江波廃校までどう行くか考える。生身で向かうよりも変身してから行った方が早そうだ。そう遠くない未来のはずだから、着替えている暇がない。そう決まったら、すぐに片手でリンクユニットを割った。青い病衣から黒い風雲児の戦闘服に変わった息子を見て、両親は何かを言っているが、聞こえないふりですぐさま窓を開け、外へと飛び出した。
久森が出て行った直後、八草中央病院にイーター出現のサイレンが鳴り響いた。
二体の大型に囲まれて、矢後はこれ以上なく気持ちが高揚していた。大型を二体も独り占めできるなんて、そうないことだ。
「はは、いーじゃん……」
普通ならALIVEに連絡して応援を呼ぶところだが、矢後にその気はまったくなかった。こんなに楽しいのに、水を差されては困る。ラ・クロワの頼城なんかが来たら最悪だ。無駄に強いからすぐに敵を片付けられてしまう上、何かとうるさい。
(どうせあいつも来ねえし、一人で二体、最高じゃん)
未来視のできる久森がいない今日の戦いはなかなかスリリングだった。思わぬところから攻撃が入ってきたり、うっかり死にそうになったりしたが、今日一番の楽しみはやはり幼体が大型に成長したことだ。
どう二体を調理しようか考えていると突然ガラスの破れた窓から乱入者が飛び込んできた。胸を押さえ、息を整えているのは黒い戦闘服を着た相方であった。
「あー、良かった。間に合った……。一人で二体とか無茶ですよ……。病院で視て、慌てて飛んで来たんですからね」
「あ?……俺また死ぬわけ?」
「はい。二体のイーターにひねり潰されます。あ、応援も呼んだんでじきに来ると思います。二人で一体でもキツいじゃないですか」
「余計なことを……。お前、アホだな。なんで来たんだよ」
「勝手に死にそうになってる人を放っては置けないですよ。あ、ちょっと視るんで時間稼ぎお願いします」
「オラ、こないだみたいにミスんなよ」
「あれは僕の言うことに従わなかった矢後さんのミスだと思います」
「うるせえ! さっさと視ろ!」
久森が未来視に集中している間、矢後が好きに暴れて時間を稼ぐ。いつも通りの戦法だった。
「いやー、久森くんが辞めなくて良かったよ! お父さんに言われたときはどうなることかと思ったけど!」
神ヶ原が心底安心したように微笑んでいた。当然である。風雲児のヒーローは矢後と久森の二人きりで、久森が欠ければ、問題児の矢後しか残らない。久森がいるだけで安心ができた。
「親もなんとか認めてくれました。ヒーローのことも、未来視のことも」
「親御さんも信じてなかったんだ、あれ」
「いつも嘘を吐くなって言われてました。全部本当のことなのに。こないだやっと信じて、認めてもらえてホッとしましたよ」
「本当に良かったね……」
この間の件があって本当に良かったと思う。これまであった親子のわだかまりのようなものも多少解消されたし、何より親から嘘吐き呼ばわりされなくなったのが嬉しかった。
「でも、ずっと辞めたいって言ってたのに意外だなあ。どういう心変わり?」
「放って置けないんですよ、すぐ死ぬ人が身近にいるもので……。それに未来視の力を活用するならやっぱりヒーローかなって、そう思ったんです。僕みたいな人間が持ってしまった力でもみんなの役に立てればいいなぁ」
「矢後くんなんかよりずっとえらいよ。君は……」
大げさに泣く演技をする神ヶ原が久森の頭をポンポン叩く。
「矢後くんも良かったね。久森くんが辞めなくって」
「あ?」
「あれ渡したとき、結構ショックそうだったじゃない? 心ここに在らず、みたいな顔して」
「えっ、そうなんですか」
「ざけんな、勝手にそう見えただけだろ。やんのも、やめんのも、久森の好きにすりゃいいんじゃね?」
耳くそをほじりながら、そう言っているが、本当にそうなのだとしたら、嬉しい気がした。
「あの、矢後さん、ヒーローになるときは僕の意思関係なかった気がするんですけど……」
「んなもん、もう忘れた」
「本当に無責任だなぁ」
神ヶ原が代わりに憤慨してるが、久森はそれでいいと思う。逆に変に寂しかったと言われたり、感謝の言葉を述べられた方が気持ち悪いくらいだ。
「はー、まあ、矢後さんこういう人なんで……。僕はもう諦めましたけどね」
「うるせえ。そろそろ行くぞ、久森」
「あー……ハイハイ、行きます行きます。それじゃあ、神ヶ原さん、失礼します」
「うん、これからも頑張ってね」
立ち話が怠くなってきたらしい矢後にパーカーのフードを引っ張られ、久森は神ヶ原に頭を下げた。矢後の、まるで買い物がつまらなくなった子供のような所業に神ヶ原も苦笑いを浮かべていた。
相方の矢後の非常識な言動や行動に呆れることも多いが、ヒーロー活動も悪くない。御鷹や斎樹など気軽に話せる友人ができたし、何より、みんな久森の未来視を信頼してくれる。ずっと嘘吐きと言われ続けていたから、それがここまで嬉しいことだとは思わなかった。
それに、自分が視ていないと勝手に死ぬ人間を相方にしてしまったから、どうしてもやめられないのだ。とはいえ、簡単に死亡フラグを粉砕してしまうのだが。それを観察するのもなかなか興味深い。
未来視を持って、コソコソ隠れて生きていた久森を見つけて、ヒーローにしたのは矢後だ。なのに、辞めるときは好きにしろだなんて言わないで、最後まで責任を持ってほしいものだ。
181209
