2019.08.03公開。
矢後くんが誕生日に進路指導を受けた話です。
久森がいきなり殊勝なことしたら矢後くんはクソクソびっくりしそうで笑っちゃう。
八月は夏休みである。世の学校はどこもかしこも部活動の生徒くらいしか登校しない時期だ。当然、風雲児高校も夏休みでほとんど生徒はいない。しかし、この『八月三日』という特別な一日だけはほぼ全校生徒が大集結していた。
「オラ、今日は矢後総長の誕生日だぞ! 声出せ!」
「ウーッス! お誕生日おめでとうございます!」
校庭に響き渡る物々しいヤンキーたちの雄叫び、どこからか聞こえる爆竹の音……そう、今日は風雲児の総長である矢後勇成の誕生日であった。
ヤンキーたちは祭りの如く、校庭ではしゃぎまわっているが、当の祝われている本人は進路指導室で担任教師から渡されたプリントをちぎって遊んでいた。何故だか久森も保護者として呼び出されていて、その隣に座っている。別に矢後の親であるつもりもないので特に制止もしない。なんで僕まで呼び出されてるんだろう。早く寮に帰ってゲームがしたいなあ。頭の中はそれでいっぱいである。
「まあ、話はこれで終わりだ。矢後、聞いてたか?」
「あ、何?」
担任は矢後の進路や成績を心配して、散々その話をしていた。しかし、当の本人はプリントをちぎることに夢中で先生の有り難い話も右から左へ通り抜けていたようである。矢後の反応を見て、力が抜けたのか、すっかり項垂れていた。矢後勇成がいるクラスの担任教師というも憐れな仕事だ。
「……話終わった? じゃ、帰るわ。行くぞ」
「……あ、はい」
反応がなくなった担任教師を見て、話が終わったと勝手に決めつけた矢後はさっさとイスから立ち上がり、戸を開ける。まだ項垂れて回復していない担任を一瞥してから久森も矢後に続いて進路指導室を出た。
「あっ! 総長ちわッス! お誕生日おめでとうございます!」
「おー、ありがとよ」
すれ違うヤンキーたちが矢後に頭を下げると共に祝いの言葉をかけていく。プレゼントを渡していく者もいる。いつもの、つまらなさそうな顔がどことなく嬉しそうに見える……気がした。
「僕も何かした方がいいですかね」
「あ? 何を」
「いや、誕生日でしょう、矢後さん」
「別にいらねーよ」
渡された紙袋にプレゼントを詰め込みながら、矢後が言う。いらないと言われたものの、いつも世話になっているのに何もしない、というのも後輩としてどうなのだろうか。いや、世話になった覚えはあまりない。むしろ久森が世話をする方だ。
(でも、余命宣告されてる矢後さんが十八歳になれたのって結構すごいことだよなぁ……)
矢後はなんでもない顔をして、相変わらず余命を更新し続けている。それをずっと傍で見てきた主治医や看護師はどういう気持ちで彼を見ているのだろうか。
しかし、余命を更新し続けていても、病気は間違いなく矢後の身体を蝕んでいる。今に死にそうだという事実は変わらない。進路や成績のことは右から左に聞き流すくせにヤンキーとのケンカや大型イーターとの戦闘など刹那的な快楽に明け暮れるのは自分の未来を意識することができないからなのだろうか。なんとなく、そんなことを考えてしまう。まあ、実際は何も考えていないのだろうが。
「矢後さん、将来のこととか考えたことあります?」
「ねーな。生きてるかどうかわかんねーし。今が楽しけりゃそれでいい」
「まあ、矢後さんはそうですよね……。ホント、よく十八歳になれましたね。余命宣告されてるのに」
「おー、まーな」
「お誕生日おめでとうございます」
久森が殊勝にそんなことを言えば、矢後は驚いたように目を丸くしていた。実に失礼な反応である。
「なんですか、それ」
「あ、今思いついたわ。お前にやってほしいこと」
久森の呟きは無視で矢後は何か思いついたように笑った。絶対に悪いことだ。直感がそう言っている。
「ちょっと大型イーター出てくる未来視ろ」
「あのですね。未来は僕が決めてるわけじゃないですから、意図的に大型イーターなんて出せませんし、出せたところで出したくありません」
矢後は相変わらず、イーターとの戦いのことしか考えていない。本当に戦うことしか頭に無い男だ。久森ははー、と深いため息を吐いた。
190803
