2019.06.19公開
わしの中の矢久、風雲児こんな感じ。
目が覚めると暗闇の中にいた。どこに何があるのか、ここがどこなのかすら分からない。だが、矢後はこういうところを歩き慣れていた。一寸先は崖で地面が存在しないかもしれないのだが、彼の足は進んでいく。進んでいくしかないから進んでいく。
暗闇に目が慣れてくると遥か遠くに光が見えた。とりあえずそこを目指そう。そう決めて、矢後はなおも前へ進む。光は先に存在するものの、相変わらず道は分からないままだ。危ないと感じて、少し注意深く一歩踏み出してみると自分の半分くらいしか道幅が存在しなかった。光が見えたからか、矢後の心中に恐れはなく、少し楽しむようにして進んでいく。先に何があるのか分からないからこそ面白いときだってあるのだ。
狭い道幅が終わり、しばらく何もない道が続く。光はまだ遠い。少し疲れを覚えてきた。気怠げに、休み休み進んでいると視界の先にぼんやりとした光が見えた。目標である光よりずっと小さなものだが、気になって近寄ってみる。
光の正体は久森のスマートフォンだった。壁にもたれかかり、だるそうに久森はスマートフォンでゲームをしている。どうしてここいるのか分からない。矢後が声をかけると顔を上げた。
「あ、矢後さん」
「お前こんなところで何してんの?」
「行きましょうか」
矢後の質問は無視で彼はさっさと歩き出した。その足取りは先に何があるのか分かるかのように迷いがない。
「矢後さん?」
矢後が一歩も動かずにいると怪訝そうに彼は振り返った。暗闇の中だが久森だけははっきり見える。
しばらく目を瞬かせながら見つめ合っていると、何か合点がいったように久森は「ああ」と嘆息した。そして、矢後の元に戻ってくる。
矢後の隣に立つとスマートフォンのライトで先を照らした。お陰で前がよく見えるようになった。
「これでよく見えるようになりましたよね」
「そーだな」
「行きましょう」
先を進む久森の背中についていく。灯りに照らされて、前にどんな障害物があるのかよく分かる。今まで一人で歩いていたときはたまにつまずいたりしていたのだが、もうそんな心配はない。
(こいつといるとやっぱり楽だな)
触れたものの少し先の未来を視ることができる彼を矢後は一目置いていた。一人でまあまあなんとかやってきたものの、やはり未来視というのは便利だ。使っている男がもっと大人しい男であればもっと良かったかもしれない。しかし、なんだかんだで久森のこの性格を矢後は気に入っている。
久森は矢後と真反対の性格をしているくせに矢後と同じくらい怠情だ。他のヒーローは口を揃えて彼のことを「礼儀正しい」だの「心優しい」だのありがちな言葉で評価をする。だが、どこの世界で余命わずかな自分の先輩を雑に扱う後輩がいるだろうか。そんな男のどこが心優しいというのか。
まあ、どちらもおしゃべりな方ではないので無言の時間が続くことはよくある。矢後は別に話さなくてもどうでもいいのだが、久森もまったく気にしている様子はない。無言の時間がつらくない関係は長く続くのだといつか姉が言っていたのを思い出す。たまに話すといえば、矢後の行いについて久森がため息を吐くときだろうか。あとは壁に話しかけるようなノリで久森がゲームについてマシンガンのように話し出すときくらいか。うるさいものの、リアクションをまったく返さなくても彼は気にしないのでまあ楽だ。うるさいが。頼城といい、久森といい、矢後の周りはうるさい奴しかいない。
「ほら、矢後さん。着きましたよ」
しばらく二人で歩いていると、久森が少し微笑みながら光を指さす。大きな金平糖のようなそれはぴかぴかまばゆい光を放っていた。久森がそれを見ながら「眩しいなあ……」とぼやく。それが一体なんなのか、矢後は知らない。
「で、これ何?」
「触ってみてください」
「おう」
言われた通りに触れてみる。デカい金平糖は思った以上にざらざらしていた。そして、少しだけ温かい。微妙に柔らかくて、なんだか懐かしい感触がする。以前触れたことがある気がするのだが、なんだったか。
なんとか思い出せないか、ガラにもなく奮闘しているうちに眠くなってきた。
「矢後さん、また寝ちゃうんですか?」
呆れたような久森の言葉が降ってくる。デカ金平糖に抱きつくようにして矢後はゆっくり眠りに落ちた。
目が覚めるとそこは病院だった。もはや見飽きたその天井から目をそらすと呆れた顔をした久森がいた。彼の手はこちらに伸ばされている。何故だろうと思えば、矢後の手がそれを握り締めていた。
「おはようございます。まあ、もう夜なんですけど……あ、状況をさっさと説明しろって顔ですね。矢後さん、寮で発作起こしたんですよ。あんまり辛そうだったから、萌黄さんに行って、病院まで連れてきてもらいました。とりあえず、僕が付き添いで残って、萌黄さんはもう寮に帰ってます。死にそうな顔してたけど、点滴で薬入れてもらったら楽になったみたいで良かったです」
「あ、そお」
確かに左腕の肘の内側近くに太い点滴針がぶっ刺さっている。煩わしく感じるものの、これがなければ辛いので仕方なく矢後は大人しくしていた。
「とりあえず、今晩は緊急入院です。矢後さん起きましたし、僕は帰りますが、点滴が終わっても抜け出したりしないでくださいね……あの、手放してもらえますか?」
「いやだ」
「ええ……なんでですか」
「話し相手がいねーとヒマだろ」
「いつもみたいに寝てればいいでしょ……」
心底呆れている、と言った顔で久森はため息を吐いた。しかし、何故だか絶対に手を放してやる気にならなかった。
190619
