2019.06.19公開。
矢後くん推しのモブおじさんにさらわれた久森を助けに行く?矢後くんの話です。
矢後がその果たし状を受け取ったのは放課後のことだった。帰ろうと思って、昇降口の自分の靴箱の中を見るとピンク色の封筒が入っていた。
封筒には「お前の相方を預かった。街外れの廃倉庫まで来い」という内容の便箋が入っており、差出人の名前はなかった。相方ってなんだ。そんな疑問が頭をよぎるも心地いい喧嘩を提供してくれるのならばなんでもよかった。とりあえず、矢後の足は廃倉庫に向いた。
しかし、矢後は来たことを後悔していた。
「こいつがどうなってもいいのか!」
威勢のいい中年男が矢後に叫ぶ。男の背後では仲間の男が二人、久森の両脇を固めていた。しかし、三者三様、実に弱そうである。
リーダー格であろう威勢のいい中年男は脂ぎった顔にバーコード頭、そしてやたら荒い息、さらに気持ち悪いおじさんの代表格のような顔をしているし、他の二人も似たようなものだ。せいぜい髪が多いか少ないか、メガネの有無くらいの違いしかない。
この気持ち悪い男たちはなんなんだろう。そして、久森も何をあっさり捕まっているのだろう。当の本人はどう対処すればよいのか分からない、と言った顔で矢後を見つめてくる。自分でどうにかしろ。
「で、いきなり呼び出しといて、何?」
「俺たちの言うことに従わないとこいつがひどい目に遭うぞ!」
「服を一枚一枚脱がして、犯してやるからな! こんなかわいい顔の坊や、犯すのはさぞ愉快だろうなあ」
「えっ、僕そんな目に遭うんですか?! 矢後さん、早くどうにかしてください!」
やたらと物騒なことを言う男たちの真ん中で久森は困ったようにきょろきょろしている。しかし、久森がどうなろうと矢後の知ったことではない。
「別にどーでもいいんだけど」
「ええ?! 助けてやるとか言いません? 普通」
「自分でどーにかしろっての。帰ろ」
「僕、こんな気持ち悪いおじさんたちに貞操を奪われたくないんですけど!」
「知らねー」
「ま、待ってください! 助けて!」
久森が何か喚いているが無視で踵を返し、出入り口の方へ歩き出す。まったくもって時間を無駄にした。気持ちの悪い男たちと久森に損害賠償を請求したいくらいである。さっさと帰って寝よう。
「ま、待ってくれ!」
「待て待て待て!」
しかし、引き留める声があった。矢後は気怠げにヘアバンドをいじりながら振り返る。
「何?」
「お前、どうしてここに呼ばれたか分かってないだろう!」
「ずっと言われてねーから知らねーよ。何」
「君の髪の毛を食用に分けてくれないか?」
リーダー格の男がどこからともなくジッパーバッグを出してきて、開く。男たちは真剣そのものだったが、久森はドン引きしていた。
「へえ、俺の髪の毛。何、そのうっすい頭にでもつけんの?」
「いいや、食べるんだよ。言っただろ? 食用って」
「は?」
「我々は君のファンでね……兼ねてより、写真やヒーローグッズを集めていたんだ。けれど、身体の一部も欲しくなってね……髪の毛くらいいいだろう?」
「うわあ……」
男たちの発言のあまりの気持ち悪さに久森と声がかぶった。彼も同じ感想を抱いたようだ。よりにもよって、矢後さんなのか。そう言いたげな、憐れむような目をしている。その顔はどういう意味だコラ。
「ほら、君のせいで彼のお尻も大変なことになってしまうからね! 早く我々に髪の毛を……」
「きっもちわる」
嫌悪感を露わにして矢後が言うとまさにご褒美だと言わんばかりに男たちの目が輝いた。
「矢後さん、逆効果ですよそれは」
「気持ち悪いもんを気持ち悪いって言って何が悪いんだよ。お前も思ってんだろ」
「確かに気持ち悪いですけど、矢後さんが言うと喜んじゃいますよその人たち」
「うわ、それも気持ち悪……」
嫌悪感を通り越して、もはや軽蔑のまなこである。それも男たちには気持ちがいいようでさっきよりもツヤツヤしているように思える。一層気持ち悪い。
「なんであいつらあんなツヤツヤしてんの? 引くわ……」
「ドン引きですよね……。どうして矢後さん推しなのかは知りませんが、多分矢後さんが何してもご褒美ですよ。このまま放っておいても喜びますし、殴ってもアウトです」
「意味わっかんねえなそれ。どうしようもねーじゃん。ていうか、なんでお前、そういう事情に詳しいわけ?」
「……」
そっと久森が意味ありげに目をそらす。何か心当たりがあるのだろうか。まあ、どうでもいいことだ。
とりあえずこの、気持ち悪い男たちをどうにかしたいところだった。
「で、どうするの? 髪の毛くれる?」
ウキウキした様子で男が寄ってくる。矢後は何も言っていないのに不躾に髪を掴もうとしてきた男の胸ぐらを容赦なく掴むとその頬をぶん殴った。
「ありがとうございます!」
積み重なっていた段ボールの中に身を埋めながら、男が叫ぶ。ぶん殴られた男を羨ましく思ったのか他の男たちもやってくる。それもとりあえず殴っておいた。もちろん、「ありがとうございます!」と叫びながら気絶をしてしまった。
「ありがとうございます、矢後さん。あの、僕の服で手を拭かないでください」
「だって、きめえだろ」
これまで出会ったことのないタイプの男たちに矢後は思わず、久森の学ランで手を拭いていた。まだ脂が付いているような気がする。気持ち悪い。早く手を洗いたかった。
「殴られるたびにありがとうございますって……矢後さんはイノキか何かなんですかね」
「知らねー。きめーから置いて帰っぞ」
「はい」
さっさと踵を返すと再び、出口に向かって歩き出す。久森も小走りでその後を追った。
「これに味を占めてまたさらわれたらどうしよう……」
「次は絶対行かねーわ。自分でなんとかしろ」
「ええ……」
190619
