夕焼けの先

2019.03.03公開。
※死ネタです。
風雲児が仲良く戦いの中で死を迎える話。

「……慎くんたち、無事に先へ進めたかな……」
「知らねーよ」
 血液が溢れ出てくる腹を押さえながら、久森がこの部屋の出口を見やる。この部屋で待ち構えていた人模種のイーターたちを二人で引き受けたのはつい数時間前のことだ。長い戦いの末、二人は勝利を収めたが、同時に二人仲良く致命傷を受けていた。イーターの爪に腹を貫かれ、出血量が半端ない。近いうちにどちらも死ぬだろうことは未来視がなくても分かることだった。
「はあ……矢後さんは。でも、今の僕には未来は視えませんが視える気がします。彼らのキラキラで輝いている未来が」
「そーかよ。まあ、俺にはどーでもいーわ」
「その未来に僕たちがいられないのは残念ですけど、これもまた運命なのかもしれないですね。あーあ、残念だな……楽しみなゲームのタイトル、たくさんあったのに……死ぬの怖いな……まだ死にたくないな」
 情緒のカケラもない矢後の隣で久森が大きなため息を吐く。まだ生きてたくさんやりたいことがあった。それでも泣き叫ぶこともないのは久森の隣に矢後がいるからかもしれない。
「お前、いてーのによくそんなしゃべれんな」
 二人とも腹から血を流しているが、矢後は痛みを感じない身体なので痛くはない。ただ、体内から血が減る感覚だけはある。だが、久森は痛いだろう。なのに、一人で話し続けている。
「痛くないんですよね、不思議と。お腹に穴開いてるのになぁ……。さっき、矢後さんの血が混じったからかな。でもちょっと、立てなくなってきた……」
「座れよ」
 矢後に言われて、久森が床に座り込む。矢後もその隣に座った。
「……このまま僕たち、死ぬんですけど、どうします? 僕は極楽行きだって言われたら」
「地獄まで連れて行く」
「ええ……死んでからは解放してくださいよ……。地獄とか絶対怖いじゃないですか」
「どーせ、お前も地獄だろ。自分の人生、極楽行けるようなモンだったと思ってんの?」
「少なくとも矢後さんよりかは善良ですよ、僕は。あなたとは違うんです、あなたとは」
「ぜってー、地獄の底まで連れて行ってやる」
 死の間際でも口から出るのはいつものやりとりだった。もうすぐ、自分たちが死ぬなんてまるで嘘のように思う。しかし、久森の体力も底を尽き掛けているのか、矢後にもたれかかってくる。
「やですよ……地獄なんて。でも、ありがとうございました」
「んだよ」
「矢後さんに出会ってから、僕の平和な生活は戦いの日々に変わりましたが、悪いことばかりじゃありませんでした。たくさんの大事な仲間とも出会えましたし、人のために何かするのって悪いことじゃないって気づくことができたし……矢後さんと出会えて、本当に良かったと今なら思います」
 久森が急に改まったかと思えば、そんなことを言いだした。なんだか、本当に最期のようだ。本当に最期なのだが。
「お前がそんなこと言うの、キモいわ」
「うるさいですね……。初めて会った日のこと覚えてます? 雨上がりのきれいな夕焼け空でしたよね 」
 眠いのに頑張って起きているような、どこかふわふわした口調で久森が言った。その目からつつつ、と涙が溢れる。出会いのときのことなんて矢後はほとんど覚えていない。ただ、面白い奴がいたので捕まえた……というのはなんとなく覚えている。
「そーだっけ?」
「僕の中で夕焼け空は矢後さんの色なんです。矢後さんの色の空が、たくさん、僕に教えてくれた……本当に、ありがとうございました」
 久森はそう言って微笑むとまるで眠るかのように目を閉じて、後ろへ倒れた。同時にリンクが切れて、普段の制服姿に戻る。とうとう最期を迎えたということは確認をしなくてもわかることだった。まさか、自分より先に死ぬとは。
「死にたくないとか言いながら、何俺より先に死んでんだよ、バカか?」
 矢後がため息を吐きつつ、その隣に添い寝でもするように寝転がる。まったく痛みはないものの、もう最期の時間が近いのはよくわかる。よーやく来たか。ずっと地獄で定員割れでも起こしてたのかよ。矢後にとって死とはそんなものだった。
「背中見せずに死ぬとかお前、マジでブレねーな」
 その頬を伝った涙を拭う。頬にはまだ生きていた頃と変わらない柔らかさとぬくもりがあった。だが、息をしていないし、もう何も言わない。そう思うと胸に何とも言えない感触が生まれる。暑さとも寒さとも、熱さとも冷たさとも違うそれがなんなのか、矢後は知らない。
「……夕焼け空が俺の色なら、その先の夜空がお前の色だよな」
 久森は矢後の色を夕焼け空だと言った。その日昇っていた太陽が死を迎えていく時間である。確かに自分にはお似合いだと思う。だが、一日は夕焼けでは終わらない。その先に、夜があるのだ。
 余命いくばくない矢後勇成に未来はわからない。そんな矢後にも明日も、未来もあるのだということを教えてくれたのは未来視ができる久森晃人だった。
「夕焼けまでしかわかんなかった俺にその先があるって教えてくれたのはお前とお前の色の空だよ、久森」
 久森に触れる手にぽた、と水滴が落ちる。自分が泣いているのだという事実に気がついた矢後は思わず目を丸くした。涙なんて、欠伸をしたときにしか出ないと思っていた。
「それじゃあな。後で地獄で会おうぜ」
 久森の頭をぽん、と叩くと矢後も横たわり、目を閉じる。ゆっくりと、意識が落ちていった。

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