矢後が桜にさらわれかける話

2019.03.28公開。
矢後くんが桜にさらわれかける話です(物理。
桜は人間に種を植え付けて成長させるので、ちょうど桜の好みだった矢後くんを狙ったとかいう謎設定があった。なお折られるもよう。

【注意!】
 この山には人をさらう桜が出ます!
 子供は絶対に一人で山に入らないでください!

 〇〇山観光案内所

「いや、人をさらう桜ってなんだよ」
 立て看板にさえ武居はツッコミを入れてしまう。しかし、その気持ちは久森も非常によく解った。武居が言わなければ、久森が言っていただろう。
 話の流れで今いるメンツで山へハイキングにでも行こうということになり、たまたまその場にいた風雲児の二人も巻き込まれてしまった。山に登るとあって、武居はよく装備を整えている。ハイキングに合った動きやすい衣服に加え、カバンに逆に何かに呪われているのではないかと思うほどお守りが付いている。
「矢後、お前は山舐めてんのか? んな格好で遭難したら死ぬぞ」
 装備バッチリの武居に対して、矢後はその辺のコンビニに行くような普段着であった。
「あ? 山は舐められねーだろ。土でも舐めんの?」
「俺は突っ込まねーぞ……」
「……助けを求めるようにこっちを見ないでください」
 矢後の本気なのか冗談なのか分からない返答に武居はゲンナリした様子で久森の方を見やる。
「矢後の介護はお前がいるなら、お前の仕事だろ。どーにかしろ」
「えー……できるなら避けたいんですけど」
「お前らは俺をなんだと思ってんの?」
 親の介護を押し付け合う子供たちのような二人を矢後が呆れたように睨む。
「それよりさあ、他の連中はもう行ってんぞ」
「チッ、お前らと遊んでたら出遅れちまった! 俺は先に行く。お前らもせいぜい桜にさらわれないよう気をつけるんだな」
 結局矢後を久森に押し付けて、武居はさっさと山道に入っていった。だいたいいつもこんな感じで押し付けられるので、もはや嫌だな、という気持ちすら起こらない。
「で、桜にさらわれるって何?」
「知らないですよ。僕に訊かないでください」
 武居に続き、二人も山道に入った。初めは山に行っている暇があるなら、ゲームをしていたいと思っていた久森だったが、実際山に入ると気持ちも変わる。最近はイベント続きで疲れていたから、いい気分転換になっていた。
「この間のお花見の桜も良かったですけど、この山の桜もきれいですね」
「おー」
 山道脇の桜の木も花を咲かせている。ピンク色の天井を見上げながら、久森は目を輝かせる。こんな木が果たして人をさらうだろうか。そもそも、人をさらう桜とは一体なんなのだろう。

バキ、バキバキバキ……

 この儚げな雰囲気に不似合いな物音がして、思わず立ち止まる。
「なんだこの音」
 矢後も音を聞いたのか、怪訝そうに呟いた。矢後の方を向くと彼の背後の桜の木から枝が腕のように伸びてきている。まさに矢後をさらわんばかりだ。
「や、矢後さん! 桜の木が……!」
「あ? うっぜえな……ッ!」
 久森の指摘で様子がおかしい桜に気がついた矢後は腕のように伸びてきた枝を捕まえるなり、容赦なくへし折った。桜の悲鳴が聞こえるようだ。しかし、桜は諦めず、さらに枝を伸ばしてくる。それも矢後は容赦なくへし折る。辺りに桜の花びらが散る。
「うわっ!」
「さっきから何なんだよ、うぜーな」
 さらに桜は久森までさらおうと狙ってきた。思わずしゃがみこむと、すかさず矢後が枝を蹴り飛ばした。
「まあ、ふつーに花見っつーのもつまんねーからな。桜の木とケンカすんのも悪かねえな!」
「言ってる場合ですか!」
 今は非常事態だから仕方ない。久森は桜の攻撃を視ることにした。何度も何度も繰り返される桜の攻撃。そして、最後、桜の渾身の一撃とばかりに伸ばされた大きな枝が矢後の腹を貫いていた。また矢後が死んでしまう。
「矢後さん、気をつけてください!」
「何?」
「桜の木から太い枝が伸びて矢後さんを……」
 大きな枝が矢後の腹を狙って、すごい勢いで伸びてきていたが、矢後は自分に刺さる前に飛び退くとそのまま目にも留まらぬ速さで桜の木の懐に入り込んで幹に渾身の蹴りを入れた。太い幹だったが、矢後の怪力に負けて、折れてしまった。
 ズズズ……と音を立てて倒れる桜の木と桜との喧嘩にまで勝ってしまう矢後の後ろ姿を久森は呆然として眺めていた。
「桜の木も大したことねーな。行くぞ、久森」
「……はい」
 全身花びらにまみれたまま、二人は山登りを再開した。

「なんでお前ら花びらまみれになってんだよ」
 山頂に辿り着くと武居と他のメンバーが二人を待っていた。何故かぼろぼろで花びらまみれになっている二人を見て、みんな驚いている。
「途中で人をさらう桜に遭遇しまして……」
「桜の木とケンカした」
「いや、意味わかんねーよ。人をさらう桜ってなんだよ。久森までボケてんじゃねーぞ」
 そう言って、武居が怪訝そうに風雲児の二人を睨んだ。
 しかし、その帰り道、倒れた桜の木を見て、彼も二人の言っていた意味を知ることになる。

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