矢後と光希と千羽鶴

2019.08.17公開。
矢後くんのお見舞いに光希くんが折り鶴を持ってくる話です。




 今日は病院のベッドの上で矢後はだらだら寝転がっていた。昨日、たまたま薬をもらいに行ったときにいつもの怖そうな看護師に捕まってしまい、この間サボった検査入院をしていた。
 身体はいつも通りなのに長い間、拘束されるのは嫌だ。入院している間はイーター退治も喧嘩もできない。噂を聞きつけて、あっち側から来ないだろうか。そんなことを考えながら、ごろり、と寝返りを打った。
 今日は三時からMRIだからね、と看護師が言っていたような気がする。矢後をMRIだろうがCTだろうが、いくら検査しようが結果は変わらないというのに、まったく不毛である。
(めんどくせーし、フケっか)
 検査の間、寝ていたいのにいちいち技師から茶々を入れられるのが鬱陶しい。さらにMRIはうるさい。しかも、検査料が高い。それなら初めからやらない方がいい。そう思い立って、矢後はむくりと起き上がった。
「矢後さん」
 細い少年の声に呼びかけられて、声がした入口の方を向く。よく知った白い髪の少年……透野が袋を持って微笑んでいた。その隣には久森もいる。起き上がっている矢後を見て、色々察したのかジト目でこちらを見ていた。
「またサボろうとしてますね……?」
「さあな」
 悪びれもしない矢後の返事に久森ははあー、と今に幸せが逃げ出しそうなため息を吐く。
「ダメですよ、検査入院してるんだから。検査しなくてどうするんですか」
「んなのいくらやっても仕方ねーんだっつの」
 矢後は仕方なくまたベッドに寝転がると今度は透野に視線を向けた。
「で、なんで透野までいんの?」
「お見舞いに来ました。久森さんが、矢後さんが入院してるって言ってたから……」
「見せもんじゃねーぞ。ただの検査入院だし。見舞われるもんでもねーよ」
「光希くんがせっかく来てくれてるのにそれはないでしょう」
 透野への言い草に久森が大きなため息を吐く。相変わらず、久森は親のようなことを言う。
 小学校の頃もよく入院していた矢後だが、ただの検査入院だと言うのにクラスメイトが全員で押しかけて来たことがある。「勇成くん、早く元気になってね」と書かれた色紙のおまけ付きで。
 こんなものをもらったくらいで元気になれるのなら、世話はない。その色紙は夜中にちぎって遊ぶのに使った。そして、朝に親に怒られたのである。お友だちが大切に書いてくれたのにどうしてそんなことをするのか、と。今の久森はそのときの親と同じだ。
「お見舞いの品も持ってきたんです。これ」
 透野がガサ、と袋から取り出したのは千羽まではいかなくともそれなりにたくさん繋がった折り鶴だった。
 また、嫌な記憶が蘇る。
「お見舞いには千羽鶴がいいって、クラスの友達が言ってたから……」
「いらねーよ。持って帰れ」
 少し語気が強くなってしまったのか、透野が目をパチクリさせている。
「どうして?」
「昔、腐るほどもらったけど、一番いらねーんだよ、それ」
「折り鶴は腐りませんよ。それに、せっかく光希くんが折ってくれたのに……」
「千羽鶴はその人が良くなるように大事に折るものだって友達が言ってたから、大事に折ったんです。ダメなんですか?」
「千羽鶴なんて渡す方の自己満足だっつの。そんなのもらったくらいで身体が良くなんなら、俺はこんなとこにいねーよ」
 矢後のことばに久森と透野が顔を見合わせる。久森は何かを察したように眉を顰めていた。
 また小学校時代の話だ。入院していた矢後にクラスメイトが大事に折ったのだと言う千羽鶴をクラス委員と担任教師が持ってきた。親は大事そうに枕元に飾っていたが、それは正直邪魔なだけで矢後にとって何にもならなかった。こんな折り紙の塊を渡されたところで何にもならないのは頭の足りない矢後でもわかる。
 やはり、眠れない夜中にちぎって遊んだ。胸が苦しいのを紛らわすように色とりどりの折り鶴を一つ一つちぎって、ちぎって、ちぎって、眠れない一晩を過ごした。もちろん、朝に親に怒られた。友達の気持ちを無下にしたと言われて。
「矢後さんは折り鶴嫌い?」
「……まあ、好きじゃねーな」
「わかりました。じゃあ、何を折ったら嬉しいですか? 敬さんみたいにオオクワガタとかですか? 何でも折りますよ。覚えてるから」
「なんで折り紙限定なんだよ」
 透野が微笑みながらカバンから折り紙を取り出してくる。なんでそんなものを持ち歩いているのか。
「矢後さんが好きなものを千個折ったら、矢後さんの病気もよくなるかな? 千匹オオクワガタとか」
「うーん、ならないと思うけどなあ。あと、それで喜ぶのは伊勢崎さんだけだと思うよ……」
「透野」
 珍しく矢後が透野の名前を呼ぶと相変わらずキョトンとした顔をして矢後の方を向く。
「折った紙なんかよりはマンガかカレーまんの方が俺はいい。これからはそうしろ」
「そうなんですね。矢後さんの好きなもの、覚えた。これからはそうします」
「あと、検査入院に見舞いはいらねーよ」
 そうこうしているうちに時計が三時前を指している。逃げ出す暇がなかった。いつもの看護師が病室に入ってきてしまった。心の中で舌打ちをする。
「矢後くん、そろそろMRIだからね。準備して……あら、久森くんともう一人お友達が来てるのね?」
「別の学校の後輩」
「透野です。よろしくおねがいします」
「矢後くんの後輩はかわいい子ばっかりね。矢後くんはああなのに」
「うるせーな。行きゃいいんだろ、行きゃあ」
「今日は珍しく素直ね」
 なんとも珍しい矢後の態度に看護師は目を丸くする。
「行ってくる。あとは好きにしろ」
「はいはい、行ってらっしゃい。MRIって長いやつでしょ……帰りますよ……」
「矢後さん、また合宿視察で会いましょう」
 あからさまに嫌な顔をする久森の隣で透野は礼儀正しく頭を下げた。その手には矢後が受け取らなかった袋がまだあった。
「透野、その袋置いてけ」
「え? 折り鶴は嫌いじゃ……」
「暇なときにちぎって遊ぶ」
 ベッドから立ち上がると矢後はニヤリと笑った。明らかに透野の気持ちを無下にした発言に久森がまた怒っているし、「ゴミを増やさないで!」と看護師も怒っている。しかし、透野は嬉しそうに微笑んでいた。
 千羽鶴にいい思い出はない。しかし、透野のその気持ちには応えてやりたいと、少しだけそう思った。それだけである。


190817