ジャイジャイ、ジャイジャイ、ミーンミーンと夏の昼間はセミの鳴き声で騒がしい。合宿施設近くにある萌黄の家の縁側で矢後は寝転がっていた。ガラス戸は閉まっていて、冷房は入っているものの、縁側は暑い。閉じられた窓からでもセミの声はうるさいし、容赦なく日差しが矢後の肌を炙ってくる。
セミの鳴き声と日差しの迫害に矢後が唸っているとスイカの載った盆を持った萌黄が矢後でつまずきかけた。
「おわっ!」
情けない声をあげるがなんとか持ち堪えた。すぐに矢後をジト目で睨む。
「なんでクーラー入ってんのにダレとんねん」
「セミがうるせえし、あちい……」
「中入ったらええやろ」
その背中を軽く蹴ってから、行儀悪く足で障子を開けた。和室の真ん中で出しっぱなしになっていたちゃぶ台にスイカの皿を置くと矢後を揺すった。
「矢後、スイカ食べよ」
「おー」
「これ、戸上がもろてきたやつやねん。合宿施設におったメンバーで食べてんけど、ちょっと余ったから、もろてきた。矢後はスイカ好き?」
「ふつー」
起き上がった矢後は軽くスイカを吟味してから、それにかぶりついた。萌黄も残った方をそのままかじった。やっぱりスイカはシャクシャクしておいしい。今までたっぷり冷蔵庫で冷やしていたから、暑さで茹だる身体にちょうどよかった。しかし、このスイカ、種がずいぶん少ない。
「食べやすいな、これ。種が少ない品種らしいで」
「ふーん」
なるほど便利な品種があったものである。淡々とそう思いながら、矢後は皮のキワまでスイカをかじる。小さな頃、甘いところだけ食べて残したことがあったが、母親にキレられて面倒だったので今は食べるようにしている。種が少なくっても味は普通だった。
「お前ってスイカ好きなの?」
「ん? 普通に好きやけど」
萌黄も矢後と同じように皮のキワまでスイカを食べている。萌黄にも矢後のようなエピソードがあるのかもしれない。知らないが。
「この古臭え家も好きなの?」
「まあ、だいぶ好きになってきたけど、借りたのは安かったからかなあ……。あんまり帰られへんけど、休みの日とか縁側でぼーっとすんのが結構楽しい」
「じじくさ」
「まだ三十なってへんねんけど、ワシ。お前も昼寝しとったやろ」
「まー、春とか秋とかはいーかもな。エンガワ」
障子の小窓から外を見ると雑草だらけの庭が見えた。しかし、見栄えは悪くなく、それなりにサマになっている。
「じゃあ、俺のどういうところが好きなわけ?」
「矢後くん、話繋がってへんで」
皮だけになったスイカを皿に戻すと矢後は畳に寝転がった。真夏の縁側よりだいぶ過ごしやすい。畳を替えたばかりなのか、イグサのいい匂いがした。色も青々としている。
「せやなあ、強いてあげるとすれば、おもろいところやな。いちいち行動が意味わからんくておもろい。たまに巻き込まれたら最悪やけどな」
「へー、俺のことそーゆう風に思ってんの」
「あとは意外とカワイイとこかなあ……。ネコっぽいやん? 言うて、家で飼うような愛玩動物ちゃうで、こう……弁当食ってたらおかず奪ってくるような野良猫的な感じやな」
「どんな感じだよ」
エアろくろ回しをして己の心境を語る萌黄は見ていて面白い。それに、自分がどう思われているのか知ることができてなかなか興味深かった。果たして、弁当のおかずを奪う野良猫はかわいいのだろうか。どうでもいいが。
「で、矢後くんはワシのどこが好き?」
「おもしれーとこ。何しててもおもしれーんだよな、お前」
「なんかバカにされてる気がする……」
ニヤニヤしながら訊ねられて、適当にいなす。
適当にいなしているというより、言葉にできないのだ。本当は面白い以外にたくさん好きなところはあった。しかし、矢後の語彙力は人知を超える低さだ。だから、面白いとしか言えなかった。
「つーか、タタミって寝やすいのな」
「そら、木の下と比べたら、天国みたいもんやろな」
「このまま寝るわ」
「そんなに寝たら夜寝れんくなるで」
ふああ、と一つ欠伸をして完全に寝る体勢に入る。夜寝られなくなると言いながらも、どこからか出してきたタオルケットをかけてくれた。ガチャガチャ皿を片付ける音が聞こえてから、萌黄は部屋を去っていく。再び部屋は外から聞こえるセミの声でいっぱいになった。
しかし、それも存外悪くない。セミの声に耳を傾けながら、矢後はゆっくりと眠りに落ちていった。
210519
