萌黄と矢後くんが二人だけで花火をする話。
たまにパトロール中に薬を切らせて倒れていることがあると以前、戸上か久森が言っていた。大抵、戦いが終わった帰りに起こり、帰りが遅くなるのだという。
日常生活でも矢後はたまに薬を忘れる。だから、同じ風雲児高校のヒーローで組むことが多い久森と指揮官である萌黄も矢後の薬を持っていた。そして、矢後と久森はほぼセットでパトロールのシフトも組んでいた。いつも薬を持たされている久森と一緒なら帰りに倒れることも少なくなる。
「今日のイーター討伐は終わりました……しかし、矢後の帰りが遅い。もしかしたら、どこかで倒れているのかもしれません。萌黄さん、一緒に来てもらえませんか」
萌黄の部屋までパトロールの報告に来た戸上が心配そうに眉根を寄せて言った。仲間の帰りが遅いとなると萌黄もさすがにスポーツ新聞を閉じる。
「そうか、今日は久森がおらんのか。法事があるから実家に帰る、言うてたな……」
「はい……」
「わかった。行くわ」
一つため息を吐いて、萌黄は立ち上がった。そういえば、発作を引き起こしている矢後を見るのは初めてかもしれない。白衣のポケットに矢後の薬をしまうと先を行く戸上の後を追った。
結論から言えば、矢後は発作を起こして路地裏で倒れていた。
矢後は真っ青な顔でゴミ箱に寄りかかり、ぜーぜー、寿命をすり減らすような呼吸を繰り返していた。昼も夜もだらだら寝ている寝坊助とも、真っ先に大型イーターへ飛びかかっていく戦闘狂とも違う、重病人の姿だった。本当にこのまま死んでしまうのではないか。見ているだけで血の気が引いた。
矢後に薬を飲ませ、少し落ち着いたところで戸上が彼を担いで、合宿施設に連れて帰った。それからは寮室で寝かせておいた。
(あのまま死ぬかと思った)
気がつけば時間はもう夜である。夕食を済ませた萌黄は合宿施設の中庭でぼんやり花火に興じていた。シュー、と火薬のにおいを撒き散らしながら手持ち花火は色とりどりに燃えている。花火はあと二袋ほどあった。夏は花火がしたいとディスカウントショップで見かけたときに買ったのだが、やる機会がなかったものだった。なんとなく、今、花火をしたいと思った。そう思って、引っ張り出してきた。
(あいつ、ホンマにヒーローなんかやっとってええんか。病院で寝てたほうがええんとちゃうか)
火が消えた一本をバケツに放るともう一本にガスマッチで火を点ける。またシュー、と音を立てて、刹那の火花を散らす。
あの姿を見てしまうと矢後を戦わせるのはまるで悪いことのように思えてくる。そういえば、医者も矢後はヒーロー業をやっていい身体ではない、と言っていた。もっと、もっと穏やかな余生を彼には過ごしてほしい。
「一人で何やってんの」
急に背後から声が降ってきて、思わず振り返る。だるい寝間着姿にいつものヘアバンドを着けた件の男が一人で花火に興じる萌黄を見下ろしていた。
「お、おお……起きたんか。身体、大丈夫か?」
「別に、へーき。薬飲んで寝たし」
「さようか……そら良かった」
見上げる限り、矢後は普段通りのつまらない顔をしている。暗い色の瞳に花火の炎が映り込んで、その目が輝いているように見えた。
「せや。花火消費してんねん。おっさんに付きおうてや」
「ふーん、花火……」
「まだいっぱいあんねん。ほら」
「なんでそんなにいっぱいあんの」
「花火やりたいな、思て買ってんけど、なかなかする暇がのうてな」
矢後に一本差し出すと素直に受け取ってくれた。バケツを挟んで向かい側にしゃがみこむと矢後は火がついていない花火の先端を萌黄の方に差し出してくる。
「火」
「お、せやな」
まだパチパチ燃えている萌黄の花火に押し付けると矢後の花火もシューシュー音を立てて、弾け出した。そして、今度は萌黄の花火の火が消える。もう一本取り出すと今度は萌黄が花火の先端を矢後の方に差し出した。矢後もそれに応えてくれる。しばらくそれの繰り返しだった。無言で花火消費に励む。
「あんなこと、ようあんねんな」
「何」
「薬切らして倒れてたやん、さっき」
「あー」
視線を花火から矢後に移して、萌黄が訊ねる。矢後の目は花火に向けられたままだったが、曖昧な答えが返ってくる。
「別に、よくあるこったろ」
「よくあったら嫌やわあんなん……死ぬんか思て血の気が引いたわ……」
「死なねーよ。薬なくてもじっとしてりゃ、じきにおさまる」
矢後にとって、薬切れの発作はありふれたことらしい。しかし、生気のない顔をしてぜーぜー苦しげな呼吸を繰り返す姿を見てしまうとどうにももやもやしてしまう。痛みは感じなくとも、苦しいものは苦しいのだ。なのにこの男は頻繁に薬を飲み忘れる。
「気ィつけやホンマ……」
「るっせーな。んな説教聞きあきてんだよ」
「いや、聞いてへんから飽きるほど言われんねんやろ……。言うとる方も絶対飽きとるわ」
懲りる様子がない矢後を見て、はあー、とわざとらしくため息を吐く。
「別に聞いてねーわけじゃねえ」
「じゃあ、なんで」
「てめーらが大げさに騒ぐほど大事でもねーから。さっきも言ったけど、じっとしてりゃじきにおさまる。慣れてんだよ」
「……」
矢後の諦めきった返答に萌黄は花火を言葉を失う。手から花火が落ちた。
「何、その顔」
「お前、ホンマなぁ……ホンマ、ホンマ……アホやなあ」
はあー……と再びため息を吐く。当の矢後は萌黄の反応を見て、怪訝そうにしている。
今回は戸上と萌黄が発見して回収したが、一人で発作がおさまるまで薄暗い路地で一人苦しみ続けるのは本人が慣れていて、平気だとしても、萌黄はまったく平気ではない。きっとそれは久森や戸上、頼城……その他のみんなも同じだ。
もっと安寧に生きて欲しい。あんな姿を見てからだとそう思ってしまうのだが、戦っている彼はすごく楽しそうに「生きて」いる。喧嘩をして、物を壊して、暴れまわってこそなのだ。矢後勇成という男が「生きる」のは。きっとこの男は戦いの中でしか生きられない男だ。
ずっと、そのままでいてほしい。
落とした花火をバケツに放り込むとまた新しい一本に火を点けた。火花が弾ける音が荒んだ心に効く。
「あー! 勇成と萌黄さんが二人だけで楽しそうなことしてる!」
窓から伊勢崎のやかましい声が割り込んできて、萌黄と矢後は同時に顔を上げた。サラサラの金髪を揺らしながら、伊勢崎が青い瞳を輝かせて、花火を見ていた。
「うわ、うるせーのが来た」
「花火消費してんねん。まだあるで。みんなでやろや」
「やるやる! おーい、宗! 光希! 柊! 勇成と萌黄さんが花火やってる! オレらもやっていいって!」
伊勢崎が大声で叫びながら、談話室の方へ走っていった。
「矢後がいくら一人でしんどいのが平気でも、みんなはそんな平気ちゃうからな」
「だから何」
「別にお前がそれをわかっても、わからんでもええけど、薬飲み忘れんのはやめてなって話」
他のメンツのために新しくもう一つの袋を開けながら、萌黄が言うと今度は矢後がため息を吐いた。何故自分がため息を吐かれなければないのだろう。萌黄としては心外であった。
「まー、覚えてたらな」
「絶対忘れたあかんやろ、アホ」
相変わらずの矢後の返答に萌黄は苦笑いを浮かべる。
他のメンツがやってきたのか、ガヤガヤ騒がしい声が聞こえてきた。
190825
