地味に好き

2019.04.01公開。
エイプリルフールのワンチャン見て、矢後くんが犬にごはんあげる話五億回読みたくなったので書いた。

 一限から四限までほぼぶっ通しで寝ていた矢後が目を覚まし、ヘアバンドを引き上げるとクラスメイトはみんな窓際に集まっていた。何やら騒がしい。イスに掛けていた学ランを羽織ると一番後ろにいた背の高いヤンキーに声をかけた。
「おい」
「総長、おはようございますッ!」
「これ、何?」
「なんか、校庭に犬が迷い込んだみたいでみんなで見てるんスよ!」
「ハ、犬ね……」
 ここから犬を見ようにも人だかりに混じるのが怠い。おそらく、矢後が一言声をかければ皆、矢後のために窓を見られるように開けてくれるだろうが、それはそれで面倒だ。
「総長! どこ行くんスか?!」
「ちょっと見てくる」
「じゃあ、自分もお供……」
「いらねえ、来んな」
 お供しようとする背の高いヤンキーを袖にすると犬と直接会いに行こうと教室を出た。

 ちょうどその頃、久森は校庭の倉庫の隣で昼食を食べているところだった。今日のメニューは昨日スーパーで特売だったいなり寿司とパンだ。早くゲームがしたくて、いそいそ食べているとここではあまり見ない男の姿を見つけた。
(矢後さんだ……)
 パンをもぐもぐ食べながら、久森はひっそり倉庫の裏に隠れる。見つかったらまた面倒くさそうである。ヤンキーに見つかるのも当然面倒くさいのだが、矢後に見つかるのもまた別のベクトルで面倒だった。
 学ランを羽織った矢後はきょろきょろ辺りを見回している。まさか自分を探しているのだろうか。一瞬嫌な予感がよぎったが、それはすぐに消えた。
「お、いた」
 矢後の視線の先を見てみると茶色い毛をした雑種犬がとぼとぼ歩いていた。柴犬っぽいのだが毛足が長く、おじいさんのような顔をしている。
(そういえば、あの人……地味に動物好きだったな)
 パトロール中に野良猫と遭遇すれば、「お、いきもの」と言いながら、駆け寄って行くし、今と似たような案件だが、寮の運動場にまた違う犬が迷い込んだときもこうやって会いに行っていた。
 矢後が犬の前でしゃがみこみ、チチチ、などと手招きしている様子はなかなか貴重なのだが、漫画ではよくありがちな光景だ。実は動物好きなヤンキー……ありがちだ。
(ここまでテンプレ極めてるのは珍しいですよ、矢後さん)
 こっそりその姿を眺めながら、久森はパンを咀嚼する。
「くう~ん」
「何? 腹へってんの?」
 弱々しい声を上げる犬を見て、矢後が首を傾げる。ごそごそポケットを漁るが出てくるのはちぎった本やノートの残骸や透野に供えられた菓子ばかりで犬が食べられるようなものはない。
「久森、そこにいんだろ」
「えっ?!」
 いきなり名前を呼ばれて、久森は心臓が口から飛び出そうなくらい驚いた。うまく隠れたつもりだったのだが、いつの間にバレたのだろう。
「な、ななな、なんで……」
「なんか食いもん持ってね……お、いいもん持ってんじゃん」
 倉庫の裏から現れた久森がパンを持っているのを見て、矢後が悪い笑顔を浮かべる。カツアゲ……いや、恐喝だ。恐喝する気だ。
「あ、あげないですよ! これ、僕のお昼ですから!」
「あ? 犬が腹へってんの見て、かわいそーに思わねーの?」
 そう言われて、犬の顔を見てみるとどことなく悲しげに見えてくる。ぼく、おなかすいたよ……おにいさん、そのパンくれないの? という声が聞こえてきそうだ。
「うう……わかりましたよ」
「ハハ、さんきゅー」
 久森がパンを渡すと矢後はそれを犬の鼻先に突きつけた。くんくんにおいを嗅いでから、大きな口を開けてかぶりつく。矢後が手を離すとコッペパンを両前脚で挟み、嬉しそうに食べ始めた。矢後はどことなく優しい表情でそれを眺めていた。
「矢後さんって犬好きですよね」
「あ? 別にふつー」
 ふつーの状態がこれなのか。そう思いながら、久森も矢後の隣にしゃがみこみ、犬がパンを食べる様子を眺めた。

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