抜け落ちた記憶(指揮敬)

※ネタバレ含む

メインスト後、ヒーローたちからアンノウンズとの戦いの記憶が消えていたら……という独自解釈に基づく、指揮敬。ナチュラルに同棲してる。


 暗闇の中、敬くんが私の腕の中でぶるぶる震えている。いつもなら常夜灯を点けるのだが、急にブレーカーが落ちてしまったのだ。さっきまで大騒ぎをして大変だった。
「敬くん、あまりひっつかれるとブレーカーを上げに行けないよ」
 ここに住んでいるのは私と敬くんの二人だけで、どちらかがブレーカーを上げに行かなければならない。敬くんのこの怖がりぶりからして、私だろう。しかし、なかなか離してくれないのだ。
「いやだ、こわい」
「うーん、困ったなあ」
 ぎゅうっと目を瞑ったまま、さらに胸に縋り付いてくる。私の方はだいぶ目が慣れてきて、窓からは差し込んでくる月明かりで部屋の内情が見えるようになってきた。もう真っ暗ではない。
「敬くん、ゆっくり目を開けてみて。そろそろ暗闇に目が慣れてきただろ?」
 そう声をかけると敬くんはゆっくりと目を開ける。窓の方を見て、ほっと一息をついた。
「まだ怖い?」
「……少し」
「じゃあ、ブレーカーを上げるのは敬くんが寝てからにするよ」
 ぽんぽん、とその背中を叩く。このまま寝てくれれば、と思ったのだが、敬くんの目はまだ開かれている。
「誠二さん、話、聞いてくれる?」
「いいよ」
「なんか、怖い夢見たんだよ」
「怖い夢?」
「オレ、すっげー暗いところで一人でいんの、ヒーロー姿で。そこは冷蔵庫の中に入ったみたいに寒いし、手もかじかんでて、指も動かねーんだよ。逃げようにも出口に冷たくて分厚い壁があって、オレはそこから出られない。でも、夢の中のオレは暗闇にいるバケモノを睨んでんの。暗いのも、寒いのも怖くねーみたいに」
 敬くんがヒーローだった頃にそういう事案はあっただろうか。なかったように思う。だからこそ、敬くんも不思議なんだろう。
「多分オレが凍らせたのかな。バケモノは凍ってて、夢の中のオレはじっとそいつが死ぬの待ってる。んなところにいたら、オレも凍って死んじゃうかもしれないのにさ。ほっといて逃げりゃいいのに。暗くて、寒くて、怖いくせに。ホント、バカだよな。夢の中のオレ」
 自嘲気味に笑う敬くんを自然と強く抱きしめていた。笑っている彼がどこか儚げで消えてしまいそうだったから、そうしなければならない気がしたのだ。
「ふつーの夢と違って、その夢、すげーリアルなんだよなー。昔、そういうことあったっけって思うんだけど……あれ、誠二さん?」
「なんだか、こうしてあげなきゃいけない気がして……」
「いいよ、そういうの。オレ、ヒーローだったからさ」
 さっきまでの儚げな少年はもうそこにおらず、力強いヒーローの顔で笑っていた。手から水球や氷のつぶてを放って戦う彼は本当に強かった。今でも戦っている彼の姿を昨日のことのように思い出すことができる。しかし、彼が戦うことはもうない。
 相変わらず、地球の運命はかつての敬くんのような、少年たちが担っている。大人たちは相変わらず無力なままだった。
「そうか、そうだね……」
「ちょっと暗いけどさ、今は誠二さんがいるから怖くないよ。でも、ちょっと寒いかも」
 敬くんはそう言ってイタズラっぽく笑う。やれやれ、冷蔵庫や冷凍庫の中身が心配だからブレーカーを上げに行きたいところなのだが、なかなか行かせてはくれなさそうだ。
「あっためてよ」
「ははは、まだまだ子どもだなあ」
「む、オレが子どもじゃないってとこ、見せてやるからな!」
 起き上がった敬くんが私のシャツに手をかける。こうなったらもう流されるしかない。
 敬くんが見た夢はどこかで抜け落ちた彼の記憶なのかもしれない。記録にそんな戦いは残されていないが、なんとなく、そんな気がした。


200429