200325公開
甘々ワードパレットより
熱/指先/包み込む
頼城に軽い嫉妬をする矢後
「何、気にすることはない。これは謎の熱だ。たまに出るが、次の日には治る」
夕食時、頼城の顔が赤かったので訊ねてみれば、そんな風に返された。謎の熱ってなんだ。風邪をひいたと素直に言えばいいのに、この男はどうして謎の熱だなんてはぐらかし方をするのだろうか。
「頼城さんを頼りなさい」と本人がよく言うように、頼城は普段から頼りがいのある男で萌黄もよく世話になっている。十も年下の男に仕事を手伝ってもらうなんて、大人としてどうなんだろう。ちなみにこれは神ヶ原も同じなので二人揃って情けない大人をしている。
高校生、ビジネスマン、そしてヒーロー……三足の草鞋を履いているのだから当然知らないところで身体にダメージがいくのだろう。謎の熱はきっとそれだ。
普段世話になっているから、今日くらいは面倒を見させて欲しい。そう思って、萌黄は近所のコンビニで冷却ジェルシートとスポーツドリンクを調達して、彼の部屋を訪れた。
「頼城、入るで」
「萌黄くんか、少し待ってくれ」
そんな返事がして、素直に待つとしばらくしてから頼城自らドアを開けてくれた。顔も赤いし、調子も悪そうだ。マスクをしているあたり、完全に風邪ではないか。
「頼城、これ、差し入れ。これでおでこ冷やして、水分よう摂ってな」
「萌黄くん、これは……」
「風邪ちゃうんやろ。でも、調子悪そうやから寝た方がええで。仕事しとらんやろな?」
「それに関しては大丈夫だ。身体の調子は仕事のパフォーマンスに関わる。今日は休ませてもらっているよ。萌黄くんの差し入れ、ありがたく受け取ろう」
差し出されたコンビニ袋を受け取って、頼城が微笑む。調子が悪くて寝ているときでも身だしなみを欠かさないのかふわっとつけているフレグランスの香りがした。きつすぎない香りなのだが、かすかに鼻に残ったそれはトイレの芳香剤の匂いに似ていた。安物はどぎつい匂いがするから、きっといいやつだ。
「じゃ、おやすみ、頼城」
「ああ、萌黄くんも仕事はほどほどにして休むとといい」
「いや、誰が言うとんねん。はよ寝えや!」
「はは、萌黄くんはたまに強引だな」と笑う頼城を部屋に押し込めるとドアを閉める。ふうー、と一つため息を吐いているといつの間にいたのか、矢後が二人の様子を眺めていた。浮気現場を見られたような、微妙な空気が流れる。
しばらく無言で見つめ合っていたが、じきに矢後が萌黄に近づいてきて、その手を掴む。鼻と鼻がぶつかるのではないかというほど顔を近づけてきたかと思えば、すんすん鼻を鳴らしてにおいを嗅がれた。
「……トイレの花の匂い」
「ああ、頼城とおったからかな」
「くっせ」
不機嫌そうにそう言って、いきなり鼻先を舐めてきた。
「?!」
驚いて跳びのこうにも、手を捕らえられていて逃れられない。これはまずい。
手を包み込むように掴むとぺろぺろ指先を舐めてくる。往来でそんなことをするなと言いたいが、あまりにも衝撃的で完全にひるんでしまっていた。
これはあれだ。自分の縄張りから他のネコの匂いがしたから、改めてマーキングをしてくる野良猫の行動だ。
「あの、矢後くん? そんな舐めんでも……」
指と指の間まで舐められると自然と身体が疼いてくる。なんというか、誘うのが上手い男だ。
「でもお前くせーじゃん」
「そんな、頼城のにおいついてるかなあ……」
「お前の部屋、行きたい」
「はあ〜、しゃーないなあ」
深海のように暗い色の矢後の目がまっすぐこちらを見据えてくる。まだ片付いていない仕事があるのだが、まあいいか。そう思って、萌黄は矢後の誘いに乗ることにした。
さすがにセックスをしたら、トイレの花の匂いも取れるだろう。
200325
