2/9宿ヒロペーパー

200209公開
1サークルな上、委託参加でした。
お手にとっていただいた方、ありがとうございました。
起き抜け指揮矢


 午後六時。贔屓球団の試合が始まったのと同時に萌黄要はテレビをつけた。ベッドの上で寝転がりながら観る野球というのも、また格別である。枕に頭を落ち着けたまま、実況と解説の自己紹介を聞く。
 東成都で放送があるのはだいたい贔屓球団がビジターのときである。ホームゲームの放送権はほとんど地元テレビ局が獲得しているから、最近拝めていない。
(そろそろ球場まで観に行きたいなあ……できたら孟子園)
 打席に立つ一番バッターを眺めながら、そんなことを考える。忙しい指揮官業の最中、そんな暇はないと分かっていても、一度地元まで帰って贔屓球団の試合が観たいと思ってしまう。そもそも野球中継を見られるのもこういう休日だけのことだ。仕事中はスマートフォンで試合経過を確認するくらいしかできていない。
 ここに来るまでは野球が一番好きで野球しかなかったのに、今は色んなものが萌黄を取り巻いている。野球ばかりに時間を割けないというのが現状だ。それが辛くもあり、少し、嬉しくもあった。
 今日はみんな調子がいいようですでに満塁になっている。起き上がってよくテレビを観ようとするとグイ、と後ろから引き寄せられた。振り返るとずっと寝ていた矢後が寝ぼけ眼でこちらを見ている。
「おー、おはよー。もう夜やけど」
「……んだよ、寝てんのに」
「ノーアウト満塁やぞ? こんなんしっかり見なあかんやろ!」
「知らねーよ」
 馬鹿力に抱き込まれて、いよいよ起き上がれなくなる。せっかくのチャンスをしっかり観られないのは残念だが、従うしかない。
「お前ってなんで野球好きなの?」
「え? おもろいやん。一人じゃできんスポーツやし、みんなで作戦考えて色々すんの楽しいねんで。色々ルール知ってたら、ピッチャーのクセとか観んのも楽しいし。ポジションがショートやったから、プロのめっちゃうまいプレイ見んの好きやねん」
「ふーん……」
「なんや、野球嫌いなん?」
「観んのも、やんのもつまんね。攻撃も自分に打順回ってくるまで暇だし、守備なんか自分の方にボール来るまで暇じゃん。やってる間に寝る」
「まー、そう言われてしもたら、どうしようもないなあ」
 確かに矢後がやっているバスケットボールに比べたら、だいぶ動いている時間は少ない。なんだかんだで身体を動かすのが好きな矢後にとってはつまらないのだろう。
 矢後と野球観戦に行こうものなら、読み合いで開始十分どころか三分で寝るかもしれない。行きたいと思ったが、断念した方がよさそうだ。
「今度矢後と野球観に行きたいと思ってんけどな〜」
「なんで」
「一人で行くのっておもろないやん。どうせなら矢後に野球のうんちく、いっぱい教えてあげたいな〜って思って」
「百パー寝るわ、それ」
「せやねんなあ……。キャッチボールくらいやったら……」
 できるか? と訊こうとして、矢後が投げたボールを受けた自分の手の骨が粉砕するのを想像して身震いをした。
「無理そやなぁ……ワシの手の骨が粉砕する……」
「あ? んなこたねーだろ。手加減くらいできるっつの」
「ホンマかぁ〜?」
「お前、俺のことなんだと思ってんの?」
 勝手に怖がる萌黄を矢後が呆れたように睨む。
「じゃー、今度やろ。キャッチボール。それくらいやったら寝んやろ」
「おー、気が向いたらな」
「絶対やらんやつやん」
 ハハハ、と笑ってからテレビを見ると既に贔屓球団に四点入っていた。いつの間に満塁ホームランを決めたのだろう。矢後と話している間に見逃してしまったようだ。
「あー! 話しかけてくるから見逃したやん! 衛星放送で再放送あるかな、録画せな」
「終わったときにハイライトくらいあんだろ」
「その瞬間しかないやん! ワシはチームの喜びもファンの喜びも全部観たいねん!」
 はあー、と寂しげなため息を吐く萌黄の上に矢後がのしかかってくる。
「じゃ、あとはさいほーそーで観ればいーじゃん。またヤろうぜ」
「お前、そればっかりやん……」
 にやりと笑いながら見下ろしてくる矢後を見て、もう一度ため息を吐く。もう今の自分は野球だけではないのだな。そう思いながら、矢後ともう一度事に励むことにした。

end