2018.11.28公開。
自分の死を視てしまった久森の話。
サービス開始二週間後、矢後くんと久森のこと、そんなに知らないときに書いたものなので許してね……。
ああ、やっぱりこうなったか。
朦朧とする意識、傷を負って動かない身体を地面に横たえて、久森晃人は『そのとき』を待っていた。彼が『視てしまった』未来では、この後、大型イーターに身体を引き裂かれ、喰われることになっていた。
(あまりいいこともない人生だったけど……)
目を閉じると色々なことが思い出される。いくら思い出しても、誰かといる記憶は少ない。未来視、という特殊能力があるせいか、気づけば人を避けて生きていた。休み時間は独りでゲームをして過ごし、昼休みはトイレで作ってきた弁当や、購買のパンを食べた。人と改めて接するようになったのはここ最近、ヒーロー活動を始めてからだった。
久森が視た未来を覆し、ヒーローとして果敢に戦う彼らはキラキラした輝きに満ちていた。付き合うには畏れ多い人間ばかりだったが、彼らは久森にも優しく接してくれた。大した能力もないのにヒーローになったことに引け目こそ感じていたが、不思議と後悔はなかった。
(それなりに楽しかったかな……)
出会った人々の笑顔を思い出しながら、諦めの境地に入る。ヒーローのみんなはキラキラした笑顔を浮かべているが、ただ一人、ギラギラした目を輝かせている男がいる。
背中に鳳凰の刺繍を背負い、幾多の死を覆し、戦いの場では身の丈ほどもある巨大な鎌を振り回す男は『死神』と呼ぶに相応しい。
「矢後さん……」
久森がヒーローになった元凶の男の名を呟く。人生最後にこの男の名を呟くとは。そう自嘲して、イーターの斬撃を受け入れようと両手を広げた。
「矢後さん、起きてください! 矢後さん!!」
フライパンをおたまでガンガンぶち鳴らしながら、久森が叫ぶ。しかし、ベッドの上で寝ている男・矢後勇成は爆音から逃げるように布団を頭まで被ってしまった。どうにか起こす方法はないか考えているとポケットに突っ込んでいたスマホが震える。電話だ。相手は白星第一の武居一孝だった。パトロール開始時間になっても来ない矢後にブチ切れ、久森に起こしに行かせた張本人である。矢後が朝起きずにパトロールをサボることは何度かあった。これまでは久森に連帯責任を押しつけることはなかったが、積もり積もってのことだった。
「はい、久森で……」
『おい! まだ起きねえのか!』
「すいません。努力はしてるんですけど……」
『もういい! もう風雲児は抜きで行くからな!』
一方的に怒鳴られて、電話を切られた。まだ耳がキーンとする。武居が怒るのは当然だし、矢後が怒られるのは仕方のないことなのだが、それを自分にぶつけられても困る。耳を押さえながら、久森は大きなため息を吐いてへたり込んだ。
「さっきからうるせえなぁ。なんで電話の向こうの怒鳴り声が聞こえんだよ」
もぞもぞ布団から矢後が顔を出した。髪の毛はぼさぼさだし、すごく不機嫌そうだ。掴みかかられてもおかしくないのだが、育児に疲れた母親のように座ったままだった。
「いつの間に起きたんですか……」
「お前がガンガンフライパンとおたまぶち鳴らしてたときから」
「そのときからシャッキリ起きてくださいよ。お陰で僕全然悪くないのに、武居さんに怒鳴られたじゃないですか。ああ、後で顔合わせるの気まずいなぁ……」
再びため息。ため息を吐いて幸せが逃げるのならば、もうとっくの昔に久森はマイナスに至っているだろう。何かとため息が多い人生を送ってきたが、矢後に出会ってからより多くなったように思う。
久森がため息を吐いている横で矢後は呑気に身支度を整えていた。
「どうせ何もねえよ」
「矢後さん、そういうのがダメなんですよ……」
「それじゃ、お前が未来を視ればいい話じゃねえか」
「一日に三回しか使えないですし、なるべく取っておきたいんです。簡単に言いますけど、あれ、結構体力使うんですからね」
ジト目で矢後を睨んでから、フライパンとおたまを拾って立ち上がる。ド不良の矢後によくここまで言えたものだと自分でも思う。ここで暮らす他のヒーローたちはともかく、普通の人間ならビビって、意見するなんてできないだろう。実際、久森がヒーローになりたての頃は矢後の機嫌を損ねないよう、よく言葉を選んでいた。いつの間にかそれも面倒になって、正直になっていた。久森が正直に物申しても、矢後は以前と大して変わらなかった。気を遣う必要なんてまったくなかったのである。
「腹減った。メシだ、メシ。久森、なんか作れ」
「食パンくらい自分で焼いてくださいよ」
学ランを肩に引っかけると矢後は子供のように要求してきたのをあっさり突っぱねた。しかし、食堂に行けば結局、自分が矢後の朝食を作っている姿が未来視をしなくても視えるのだった。
放課後、風雲児の管轄地域である江波区のパトロールを終えて、寮に戻ると武居に出くわした。すごく気まずくなって、口の中が苦くなったが、彼は久森の顔を見るなり、すごく申し訳なさそうにしだした。
「朝はなんか、悪かったな……。悪いのは矢後なのに、お前に当たっちまった」
「いえ、大丈夫です。こういうの、よくあるんで……」
「よくあるのか……お前も苦労してんな」
矢後の喧嘩に巻き込まれることはよくあることだった。とはいえ、久森は攻撃をかわすだけで喧嘩に加わったことはないのだが。かわすだけかわして身を隠し、矢後が暴れているのを見物するだけだ。喧嘩をしている矢後はいつも楽しそうだ。
「まあ、頑張れよ……」
「はい、ありがとうございます」
苦笑いを浮かべた武居にぽん、と肩を叩かれて、久森も苦笑いを返した。
「俺はちょっと矢後に直接文句言ってくるわ」
「……大事にならないようにしてくださいね」
本来なら武居を止めるべきなのだろうが、矢後にも多少は反省して欲しいのであえて止めない。それに久森に武居を止められないだろう。止められるのは多分、白星のリーダー・志藤くらいなものだ。それに、武居と少し喧嘩したところで矢後が反省しないのも分かっている。
なんとか武居との件が済んで、ホッとする。武居は喧嘩っ早いのだが、白星の人間なだけあって、それなりに弁えている。それに不器用ながら下級生に優しい。もっとも、学年だけなら久森と同じなのだが。
(そういえば、夕方のパトロールは御鷹くんと斎樹くんとだったな……良かった)
武居と崖縁の浅桐は留年生のため、純粋な同学年はこの二人しかいない。二人とも上流階級で住む世界は違うが、気兼ねなく話すことができる。それにみんなクセが強い先輩がいるから、その苦労も共有できる仲間だった。特に斎樹とは。
一度、寮の部屋に学校のリュックを置いてから、スマホをポケットに突っ込んで、集合場所に向かった。
集合場所に集まるとそのままパトロールを開始する。二年には矢後のようなサボリ魔もいないので、本当に快適だ。悩みといえば、自分が二人に見合う人間かどうか、くらいなものだ。
自分たちにしか見えないイーターの幼体を排除しながら、決められたルートを進む。江波区の公園なのだが、いやに幼体の数が多かった。幸い、夕方だけあって人はほとんどいない。
「なんだか幼体の数が多いな……」
はじめに呟いたのは斎樹だった。ラ・クロワ学苑の紫の制服のままの彼は怪訝そうに辺りを見回す。そこかしこに幼体が浮いていた。
「正義さんたちに報告しておいた方がいいかな?」
「確かにそうだね。もしものことがあるかもしれないし、そのときに三人だけはつらいから。僕、ちょっと視てみる」
「ああ、頼む」
斎樹に言われて、近くにあった公衆便所の壁に手を当てる。目を閉じて、意識を集中させると少し先の未来が視えてきた、
斎樹と御鷹の声、建物が崩れる轟音、血のにおい、誰かの悲鳴、肉を引き裂く音……そこまで感じ取ったところで徐々に視界が薄れていく。
「晃人くん!」
ふらついたところを御鷹に支えられて、倒れずに済んだ。さっき視えたものを頭の中で整理しながら、体勢を整える。
「大丈夫?」
「うん……ここで、大型イーターが現れるはずだ。多分、すごく強い。近くの建物も崩れる」
「なるほど、事前に人々を避難させた方が良さそうだな。とはいえ、もう少ないが」
「それと……」
人的被害が出ているこの先を伝えるのはなかなか勇気がいる。唾を飲み込んでから、久森は口を開いた。
「多分、僕が死ぬ」
意を決した久森の宣言に御鷹も斎樹も目を見開いている。
「肉を引き裂く音と血のにおいがした。その中で誰かの断末魔の悲鳴を聞いたんだ。あの声は……僕だった」
心なしか、自分の声が震えている。これまで何度も他人の死を視ることはあったが、自分の死を視てしまうとは……。
未来視は大概の場合当たる。ある男を除いては視た通りに死んでいた。幾多の死亡フラグを折り続けているのは矢後勇成くらいなものだ。あれはもはや、死神に愛されているレベルで異常だ。しかし、久森は未来視の能力がある以外、一般人だ。
「はは、僕は矢後さんじゃないから、きっと死ぬだろうな……」
「大丈夫だよ。ここで死ぬって分かったんなら、なんとかする方法があるはずだよ。晃人くん、諦めないで」
御鷹が微笑みながら、自嘲する久森の肩を叩いてくれる。
「ここに大型イーターが出るのなら、ここにいればいいということだろう? 俺たちでイーターを殲滅すればいい」
「いや、そうもいかない」
斎樹と御鷹のスマホが鳴る。斎樹には頼城から、御鷹には志藤から連絡が入ったようだった。
「超大型イーターが現れたらしい。頼城と柊が苦戦している……」
「俺も似たような感じだよ……すぐに応援に来て欲しいって言われたんだけど……」
斎樹と御鷹は申し訳なさそうに眉根を寄せる。死ぬのが怖いから一緒に戦って欲しいと言いたかったが、努めて笑顔を作った。
「僕はここで一人で足掻いてみるよ。出るのが分かった以上、ここから離れるわけにはいかない。早く終わったら、助けに来て欲しいな」
「ああ、分かった。必ず帰ってくる。それまで死ぬなよ」
「頑張りは、する。二人も頑張って」
斎樹に強く手を握られて、力強く頷く。なんだか今生の別れのようでこみ上げてくるものがある。だが、実際、自分が視た未来で自分が死んでいるのだから間違いはない。だが、二人のためにも生きねば。仲間たちの元へ走り去っていく二人を見送った。
(ごめん。斎樹くん、御鷹くん……頑張りはしたんだけどなぁ……)
黒い戦闘服を纏った身体にイーターの足が乗る。ぐぐぐ、と体重がかけられて、肋骨が軋む。いよいよだ。祈るような気持ちで目を閉じる。自然と涙がぼろぼろこぼれてきた。
本当はヒーローになんてなりたくなかった。なって後悔はないが、なるつもりなんてなかった。久森がヒーローになったのはすべてたまたまとうっかりと偶然の連続だ。あのとき、矢後に未来視の能力がバレなければ、自身にヒーローの血性がなければ、そもそも自身に未来視の能力がなければ……そんなIFは数え切れないほどある。キリがない。
不本意に参加することになったヒーロー活動のために命を落とすのは、まったく腑に落ちない。他のヒーローたちのように『ヒーロー活動で命を落としてもいい』みたいな高潔な志を久森は持ち合わせていなかった。
(なんでこんなところで……死ななきゃいけないんだ。僕はヒーローになるつもりなんてなかったのに……。ていうか、次のイベントは推しキャラが出るから絶対に走りたいし、ガチャだって回したい……! 今度は指揮官さんや光希くんに回してもらわず、自引きするって決めたんだ…………。僕は、僕は……!)
さっきまでの諦めを心のゴミ箱に投げ捨てた。痛みを堪え、鼻水を啜ると痛む腹に力を入れた。より痛みが増す。しかし、もう動けないと思っていたが、思った以上に動けるものだ。なんとか上体を起こすとポケットに入れていたリンクユニットを割った。荒い呼吸を繰り返しながら、右手の術式グローブから糸を具現化すると振り上げられたイーターの爪へと放った。
「死にたく、ない!!」
放った糸はイーターの爪に命中して、まずは一つ、未来が変わった瞬間だった。
強気で糸は放ったものの、イーターすべてを覆い尽くすほどの気力は残っていない。死にたくないと強く感じてしまったせいでこの状況に絶望しか見出せなくなってしまった。
(生きたい。生きたい。死にたくない……! でも、もう終わりじゃないか……! まだ、やりたいことだっていっぱいあるのに!)
顔を涙と鼻水にまみれさせながら、敵を睨む。小賢しい久森の行動に怒ったのか、イーターは再び大きな爪を振り上げる。もうこれで終わりか……そう思った瞬間、どこからともなく、巨大な大鎌が飛んできて、イーターの片腕を斬り落とした。おぞましい悲鳴をあげて、イーターは後ろへ仰け反った。大鎌の持ち主くらい、逡巡せずとも分かる。
「久森、随分してやられてんな。その喧嘩、俺も混ぜろよ」
「やご、さ……」
大型イーターを前にして、目をギラつかせた矢後がおおよそ人間のものと思えない動きで跳んできた。地面に刺さった大鎌を抜くと矢後はイーターに踏みつけられたままの久森を見た。
「矢後さん……遅いですよ……ホント、どこほっつき歩いてたんですか……」
「憎まれ口叩く元気はあるみてえだな」
「そんなこと言ってないで、早く、助けて」
苦しみながら懇願するとどこからともなく水球が飛んできて、イーターの足に命中する。足が浮いた隙に矢後がそこから久森を担いで救い出す。
「ちょっと、だいぶヤバくないそれ!?」
「俺が診る! イーターを倒すことに集中してくれ!」
水球を放ったのは伊勢崎で横たえられた久森に駆け寄ってきたのは斎樹だ。矢後に抱えられた久森が思った以上に重傷だったようで伊勢崎が目を見開く。しかし、斎樹に言われて、再び攻撃に戻った。
「斎樹くん……な、なんで……」
「もうしゃべるな。久森が危ないから早く済ませて、みんなを連れてきたんだ。本当に、生きていて良かった」
前線を見ると御鷹もハルバードを振るって加勢している。みんなが来てしまったから、矢後は残念に思っていることだろう。不服そうに仲間と合わせて大鎌を振っている。
「矢後さんにも、言ってくれたんだ」
「いや、あの人だけは連絡がつかなかった。戦いに引き寄せられてきたんじゃないか? ていうかもうしゃべるな。担架が来たぞ」
そういうことだろうと思った。そう呟こうと思ったが、これ以上何か言えば斎樹に怒られてしまう。崖縁の戸上と三津木が担架を持ってこちらにやってきていた。
自分も死の未来を変えることができた。死なずに済んだ。そのことに安堵するとリンク切れで戦闘服から元の恥ずかしい刺繍のある制服に戻ってしまう。だが、それを気にする間もなく、久森は意識を失った。
久森が目を覚ますと八草中央病院にいた。天井を見ただけで分かったのは矢後がよく入院する病院でよくそこまで資料を持って行ってやったりするからだ。点滴が繋がれ、口には酸素マスク、入院着の胸元には心電図、指先にはパルスオキシメーターまで取り付けられていて、矢後でもここまで病人のような格好をしているのは見たことがない。辺りを見回していると引き戸が開く音がした。
「起きたのね、久森くん」
馴染みの、よく矢後を怒鳴りつけている看護師が目を開けた久森を見て微笑む。きっとここは外科だろう。何故内科の看護師である彼女がここにいるのか考えたが、きっと心配してくれたからだろう。
「久森くんが運ばれてきたって聞いたから、来たのよ。もしかして、矢後くんの喧嘩に巻き込まれたの? 幸い、骨は折れてなかったみたいで良かったけど」
「……はは、奇跡ですね」
あれだけ踏みつけられて、ギシギシ軋んでいたのによく折れずにいたものだ。矢後の強運がうつったらしい。
「明日には点滴以外は外すわ。だから、今晩は我慢してちょうだい。でも骨にヒビも入ってるし、全身打撲だらけだから気をつけてね。いきなり運ばれて来て、何をしたかまでは知らないけど。矢後くんならしょっちゅうだから、解るけど、あなたは大人しそうな子なのに、どうして……」
「ははは……」
首を傾げる看護師の疑問にまさか、命懸けでヒーロー活動をしているとは言えず、苦笑いを返す。別に隠さなくてもいいのだが、なんとなく、隠しておきたかった。
「おう、ザマァねえな」
引き戸の方から随分聞き慣れた声がして、思わず目を見開く。看護師も驚いていた。矢後がやけに上機嫌な顔で引き戸のところに立っていた。片手に何か、黒いものを持っている。
「矢後さん……?!」
「矢後くん?!」
二人の驚きに機嫌を損ねたらしい。久森の病室にやってきた矢後はギロリと二人を睨みつけてきた。驚かれても仕方ない。久森は矢後が入院しているときでも、用事があるときくらいしかその病室を訪れない。だからきっと、矢後も自分が入院しても見舞いになんて来ないだろうと思っていた。
「俺が見舞いに来ちゃいけねえのかよ」
「そんなこと、ないですけど。なんか意外で」
矢後の登場によって、妙に静まり返る病室にバイブ音が響く。看護師のPHSだった。同僚に呼び出されたらしく、「ごめんね」と一言残して、彼女は病室を出ていってしまった。
二人だけになってやっとこの、どちらも喋らない時間がいつも通りだったことを思い出した。久森も矢後もよく喋る方ではない。趣味も違うし、人間性もまったく違うので、共通の話題といえば、イーターやヒーローに関してのものばかりだ。二人は学校の先輩と後輩というよりも、仕事仲間のような関係だった。会話のほとんどはヒーロー活動上の連絡事項の他は矢後の非常識な言動や行動を久森が諌める……といったものが多い。
「せっかく来てやったのに」
「ガラにもないことするからですよ」
「あ? もう二度と来ねえからな」
「はあ、そうですか。でも、ありがとうございます。お見舞いも、あのときも」
死にたくないと心から感じたとき、矢後の大鎌が飛んできて、久森は心身共に救われた。たとえ、派手な喧嘩を求める矢後のきまぐれであっても、それが久森の寿命を延ばしたことには変わらない。素直に礼くらい言わなければ。
「……お前に言われるの、なんか気持ち悪りぃ」
「矢後さん、本当に失礼ですよね……」
「たまたま、デカい喧嘩を見つけただけだ」
「そうですね。あなたはそんな人でしたね」
ため息を吐くが、それは呆れから来るものではなかった。
「前、矢後さん、僕に「お前といると寿命が延びるから便利だ」って言ってましたよね」
「そんなこと言ったか?」
「言いましたよ……。今回、僕も矢後さんが来てくれたお陰で寿命が延びたみたいなんですよね……。矢後さんの強運が僕にも向いてるみたいな感じで。これからもなんとか生き残りたいんで、僕が視てないからって、勝手に死なないでくださいよ」
久森自身も自分がガラにもないことを言っているのはよく解っている。だが、言っておきたかった。
「そりゃ、保証できねえな」
久森の言葉を茶化すでもなく、矢後は吐き捨てるように笑った。
「まあ、矢後さんはそうですよね……。ところで、手に持ってるそれはなんですか?」
ふと、矢後が手に持っているものが気になって訊ねる。よく見れば、黒い上着のようだ。なんだか、嫌な予感がする。
「おう。今日の戦いでボロボロになっちまったからな。制服改造担当がちゃんと新しいやつを用意したから、久森副長に持って行ってくださいよォってうるさくてよ。ていうか、お前、副長だったのか。知らなかったわ」
渡されたのは風雲児の新品の学ランで背中に金色の糸で亀の霊獣の和刺繍が施されている。どうしてそんな余計なことを……。久森は思わず項垂れた。
「これ、これがいらないのに……」
「有り難く着てやれよ」
「そんなこと言われたら、なんか、罪悪感で解きづらくなるじゃないですか……」
「知らねえよ」
項垂れ、ため息を吐く久森の横で、矢後は大きなあくびをする。
「あー、なんか眠くなって来た。帰って寝るわ」
「帰ってる最中に横断歩道で寝て、車に轢かれて死なないでくださいよ」
「視えてねーんなら、大丈夫だって。じゃあな」
口うるさい久森の小言に背を向けて、矢後は一つ片手を上げてからさっさと病室を出て行った。
イーターとの戦いでも、病気でも、終わるまでに勝手に死ぬなんて絶対に許さない。不本意に久森を戦いに引き込んだのだから、責任を持って、最後まで生き抜いて欲しいものだ。
心からそう感じながら、久森は目を閉じた。
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