2018.12.03公開。
討伐中、久森がイーターに捕らえられてしまう。そのときに矢後がとった行動とは……。
あいつ絶対こういうことするよな。
「こないだはびっくりしたよ。矢後さんに晃人くんの話してたんだけど、いきなり「アキトって誰だよ?」って聞かれちゃって……。久森晃人くんのことですよって、言ったら、やっと「ああ……そんな名前なのか」って……」
「はは、それは仕方ないよ。矢後さん、他人には興味ないから。僕のことだって、未来視の能力以外は囮くらいにしか利用価値はないって思ってるんだろうし。そもそも僕も伊勢崎さんとゲームしてるときにいきなり勇成がどうのって言われたら、一瞬、誰のことだったっけ? って混乱するからね」
「あ、そうなんだ……」
「うちは白星みたいに仲良くないからね……。矢後さんとはあくまで加害者と被害者の関係ですから……」
「そうかな? 俺は風雲児って結構仲良いと思ってたんだけど」
「えっ、そんなことないよ。お互いまったく合わないから、イーター討伐以外でそんなに話もしないし。話してる量なら御鷹くんや斎樹くんの方が多いよ」
「でも、晃人くん、矢後さんにもちゃんと意見するだろ? 寝てたら叩き起こしに行くし。普通、不良の大ボスみたいな矢後さんにあそこまで言える人そういないよ……。俺も晃人くんの立場だったら晃人みたいに言えないだろうし」
「御鷹くん、不良の大ボスって……確かにそうなんだけど。矢後さんにしっかりしてもらわないと困るからだよ。お互いの生命にも関わるし。まあ、大型イーターが出たらそういう心配もないんだけどね……。そのときだけは元気だから。僕は嫌だけど。いや、それはそれで心配事ができるかな……」
「いや、それでも俺は仲良いと思うなぁ……」
「はは、だからそんなことないって……」
イーターの中でも自分たちに近い姿をしている種を倒すのは苦手だった。殺した後の遺骸を見るとなんだか、人殺しでもしたような気持ちになってくる。初めて倒したときは何度も吐いた。今はだいぶ慣れてきたが、それはそれで人殺しに慣れたみたいで嫌だった。
江波廃校にイーター反応ありという連絡があり、管轄である僕と矢後さんが先発して、廃校の中を探索することになった。この廃校もこの間の崖縁との合同ミッションで矢後さんと崖縁の浅桐さんが散々壊したお陰で一層、廃墟感が増している。というか、ここまで壊れていたら危なくないだろうか。
「おい、久森。ここにいるのはどういう奴だ?」
「人型が二体ほどですね」
前を歩いていた矢後さんが訊ねてくる。今後の戦闘に備えて、未来視をしているところだったが、片手間に答える。
「二体か。強えのか?」
「今視てるから待っててください」
脳裏に二体のイーターとの戦いが映る。戦っているのは矢後さん一人で僕はいない。自分の未来は視えないから、見えないのかと思ったが、戦闘中の未来視では見えることが多いから、そんなはずはない。どうやら、イーターの一体が人質を取っているらしい。こんな廃校に人がいるなんて、先に避難を促さないと……あれ、これ、僕じゃないか。
「矢後さ……っ?!」
視えたことを報告しようとした瞬間、何者かに口を塞がれる。あっという間に全身を抱え込まれてしまって、抵抗できない。目だけで上を見ると僕より頭一つ分背が飛び抜けている人型のイーターだった。
「おい、何が視えた……って、何やってんだよ」
イーターに捕らえられている僕を見て、矢後さんが怠そうにため息を吐く。矢後さんにため息を吐かれるなんてすごく心外だ。だが、そんなことを考えている場合ではない。
人とは程遠い知性を持ったイーターは僕を捕らえたまま、矢後さんにキシャーッと鋭い声をあげて、威嚇した。
「仕方ねえなあ」
矢後さんはもう一度怠そうにため息を吐くと得物の大鎌を具現化させる。人質を取られているのに重式武器はなかなかひどいのではないだろうか。僕ごと斬るつもりなのか。背中を冷や汗が伝う。
「久森ィ! ちょっと頭下げとけよ!」
いや、ちょっと待ってください。口を塞がれて、叫ぶことはできないが、目で訴える。だが、矢後さんは容赦なく、大鎌を一閃させた。チッ、と頭頂部の髪にかすった軽い音が聞こえる。口を覆う手がだらんと落ち、頭を失ったイーターの身体が後ろへ倒れた。もう少し僕の背が高かったら、きっとこのイーターと同じように首が飛んでいただろう。噴水のように血が飛び散って、僕はもろに被ってしまう。血まみれになったまま、呆然とする。
「オラ、もう一体はお前に譲ったからよ!」
「えっ、は? あ? いいっ?! 僕がですか?!」
矢後さんにいきなり言われて、少し戸惑いながら、襲いかかってくるイーターへ無数の糸を放ち、巨大な身体を包み込むと糸を肩にかけて強く引っ張る。イーターのおぞましい断末魔が廃墟中を響き渡った。
「お前、本当にチビで良かったな。じゃなかったら、イーターと一緒に殺っちまってた」
「矢後さんより低いですけど、平均身長くらいはありますよ……。あの、矢後さんのせいで僕、血まみれなんですけど……」
血でベタベタになった頭や顔をタオルで拭きながら、矢後さんに悪態を吐く。当の矢後さんは「知らね」などと無責任なことを言って、だらだら壁に寄りかかっていた。寮に帰ったら即風呂に入ろう。
「お前が勝手に捕まったんだから仕方ねえだろ」
「うっ、そこを突かれるのは痛い……。でも、さっきは一つ間違えたら本当に危なかったんですからね。髪の毛掠ったし! 絶対もうやらないでくださいよ!」
「お前が人質にされなきゃな」
「うう……今日ばっかりは反論できない……!」
矢後さんと僕の間にいた、ヒーロー番号七十二番の先輩は優しい人だったが、「いつか矢後に殺されるから怖くなった」と言って、辞めていった。死を引き寄せる体質なのか、矢後さんといると確かに僕まで死にそうな目に遭うことが多くなったので、七十二番先輩の言うことは確かだ。なんとか避けられているのは僕が未来視の能力を持っているお陰だった。
「でも、僕が矢後さんくらいの身長でさっきみたいなことになったら、さっきみたいに大鎌、振るってました?」
大方の血を拭って、タオルを畳みながら、訊ねる。
「さあな。そうなってみないと分からねえ。絶対ねえけど」
「……いちいち失礼ですよね、本当に」
こう、何度もチビチビ言われるのは嫌だ。これでも百七十は越えているから平均身長だ。ヒーローに身長が高い人が多いだけの話なのだ。でもその中だって斎樹くんみたいに僕より小さい人だっているし、別に僕だけの身長が低いわけではない。こんなこと、本人の前で言ったら怒るだろうけど。
「無事か?」
「戦いは終わっているようだな……。矢後の薬がきれて、手こずっているようであればこの頼れる男ナンバー1の俺がなんとかしようと思っていたのに……」
「斎樹くん、頼城さん」
瓦礫の向こうからラ・クロワの二人が現れる。相変わらずのキラキラオーラだが、今日は少しそれに安堵できた。
「一悶着あったけど、何とかなったよ……」
「久森、えらいことになってるな……」
「血がよく落ちる洗剤ってないかな……」
「それは専門外だ。帰ってから、佐海にでも訊け」
「そうする……」
血を被ったのは戦闘服だが、多少制服にも血がついてしまった。洗濯のことは確かに佐海くんに訊くのが良さそうだ。
「ゲッ、頼城かよ。俺の薬がきれてなくて、残念だったなァ」
「残念ではないさ。二人でイーターを倒せたのならそれはいいことだ。だがやはり、俺はお前の態度が気に入らないな!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。今日はあっさり終わっちまってつまらなかったんだ。ちょっと相手しろや」
「望むところだ!」
「二人とも剣呑な雰囲気の中悪いが、さっさと帰るぞ」
「まあ、僕としては別にやっててもいいですよ? 僕は一刻も早くお風呂に入りたいんで、先に帰りますけど。どうせ報告書も僕が書いてるし、矢後さんがいなくても問題はないんで。頼城さんがいるなら大丈夫でしょ」
「ああ、それは一理あるな。ほっとこう。怒られるのはあいつらだ」
今に一戦交えてしまいそうな二人を前にして、僕と斎樹くんがため息を吐く。お互い、おかしな先輩を持ってしまうと苦労をする。
剣呑な雰囲気の二人を放置して、斎樹くんと二人、廃校の昇降口に向かって歩き出す。
「斎樹くんは頼城さんに殺されかけたことってある?」
「なんだ、いきなり。それはないな。俺や柊に危害を加えたことは一度もない。多少の無茶振りはあるが、頼城は俺たちを犠牲にすることはしない男だ」
「うん、頼城さんはそうだと思うよ。ていうか普通そうだよね……」
「何かあったのか? まあ、深くは突っ込まないが。今日のところは報告書は矢後さんにでも押し付けて、風呂に入ってさっさと休むといい」
「そうしたいなぁ……」
斎樹くんはそう言って微笑むとぽん、と肩を叩いてくれる。斎樹くんのそういう気遣いが本当にありがたい。常に世紀末みたいな雰囲気のある風雲児高校にいるとそういうことをしてくれる人は貴重なのだと痛感する。まあ、学校のヤンキーにだって断りなく僕の制服やジャージに和刺繍を施してくれるような斜め上に優しい人間はいるのだが。
後ろから足音が聞こえてくる。剣呑な雰囲気も冷めたのか、矢後さんと頼城さんもついてきているらしい。ああ、良かった。漠然と思って、昇降口を出た。
もし、イーターと共に僕を殺さなければならない状況になったとき、果たして矢後さんは大鎌を振るうのだろうか。そして、僕はその状況を甘んじて受け入れるのだろうか。考えれば考えるほど、深みにはまってしまう。さらには矢後さんと僕の立場が逆だったら、僕は矢後さんを殺せるのだろうか、矢後さんもそれを受け入れるのだろうか、というところにまで至って、いよいよこんがらがってきた。
確かにそういう状況にならないと分からないよなぁ……。確かに矢後さんの返答通りの答えしか出なくて、一人で笑った。
181203
