人間に戻る

2018.11.27公開。
風雲児書き始めて二つ目くらいの作品。
平和が訪れた夢を見る久森だったが、その身体には戦いが染みついていて……。

 イーターとの戦いが終わり、平和な世の中が訪れた夢を見た。
 もう、授業中や深夜に呼び出されることもないし、ヒーローとして命がけで戦う必要もない。普通の高校生として平凡に暮らし、適当な大学を受験して、適当な企業に就職して、真っ当な人生が待っている……そんな素敵な夢だ。
 夢の中で僕は矢後さんと学食でラーメンを食べていた。現実では二人で食事をするなんてこと、滅多にないのになんだかおかしい。僕はラーメンをすでに啜っていたが、猫舌らしい矢後さんは少し冷ましているのか、ラーメンに手をつけない。じっと僕がラーメンを食べるのを見つめている。
「イーターがいなくなって、平和になりましたね」
「俺は派手な喧嘩ができなくなってつまらねえがな」
 夢の中の僕は上機嫌で嬉しそうに矢後さんに話しかけていた。しかし、夢の中の矢後さんはちっとも幸せそうじゃない。戦うことが一番の幸せみたいな人だから、もう人間相手じゃつまらないのだろう。
「俺はもう戻れねえ」
「矢後さんは戦うことが人生みたいな人ですもんね」
「俺だけとは限らねえぜ」
「矢後さん?」
 未来視は持って生まれた能力で後から施される崖縁の強化技術やラ・クロワのミュータント化手術みたいなものではない。だから、僕はすぐにでも戻ることができるはずなのだ。

「なあ、一つ訊くが……お前にとっての普通ってなんだ?」

 夢の中の矢後さんが訊ねてくる。
「そりゃ……」
 答えようとして言葉に詰まる。ヒーローになる前、自分はどう生きていたんだっけ。触れるものの未来が見えてしまうから、迂闊に人と接することもできず、いつも人を避けて生きていた。休み時間は誰にも目につかないようトイレの個室にこもって、一人弁当を食べたり、ゲームに興じていたような記憶がある。正直、精神衛生上、あまりよろしくない。どうやら、僕はいつも独りだったらしい。
 楽しいことはゲームの中にしかなくて、友達と言える人間はネットを通した向こうにしか存在しない。ネットを介せば、相手の未来は視えない。それが良かったから、そうしてきたのだ。それに戻ればいいのだ。
「戦いがなければ、怪我だってしないし、好きなことをいくらでもできるじゃないですか。死ぬ心配もしなくていい」
「久森、気づいてるか? お前はもう人間じゃねえんだぞ」
「は?」
「元々、未来が視えるなんて、普通じゃねえ。その時点でお前は俺と同類なんだよ。術式の戦闘訓練も受けて、イーターをぶっ殺してきただろう? 心の中で、どこかつまんねえって思ってるんじゃねえのか?」
 随分夢の中の矢後さんは饒舌だ。そう思うと同時にフツフツと熱い何かが込み上げてくる。まるで身体の中でお湯でも沸かしているみたいだ。
 気づけば自分の右手は術式で使うグローブをはめていて、光状の糸があやとりの要領で引っ張っていた。呼吸が浅い。居ても立っても居られない。
「矢後さん、僕……」
 矢後さんは大型イーターを前にしたときのようにギラギラ輝く目を僕に向けていた。矢後さんのラーメンはすっかりのびてしまっていた……。

 江波区のパトロール中、今朝見た悪夢のことを思い出して、ついついため息が出てしまう。
 夢の中は確かにイーターこそいなかったが、自分の中にとんでもない怪物が存在したようで、食堂で矢後さんと共に破壊と殺戮の限りを尽くす……という夢だった。矢後さんはいつも通り、楽しそうだったが、夢の中では僕まで楽しそうだった。戦いなんて、嫌いなのに。
「おい、シケたため息吐くんじゃねえよ。うるせえな」
 少し前を歩いてた矢後さんが鬱陶しそうに振り返る。今の矢後さんは敵がいないから気だるげ。その顔を見て、少しだけホッとする。
「ねえ、矢後さん」
「あ? あんだよ」
「僕、戦いが終わったら元の人間に戻れるんでしょうか……」
 戦闘訓練を受けて、術式の糸をいとも簡単に操ることができるようになった。毎日毎日、イーターと戦ってきた。夢にまで出てきて、うなされて夜中起きることもある。昨日の夢の中の自分は戦いに飢えていた。いつか、そうなってしまうのだろうか。それ以前、今の自分は人間なんだろうか。
「何訳分かんねえこと言ってんだよ。早く行くぞ」
 矢後さんの答えは至極まっとうだった。確かに意味の分からないことを口走ってしまった自覚はある。だが、独りでもそれなりでいいと思っていた僕の人生を変えたのは矢後さんだ。
 たまたま矢後さんに未来視の力を持っていることがバレて、矢後さんにリンクユニットを押し付けられて、たまたまヒーローとしての血性を持っていた僕はうっかりヒーローになってしまった。つまりこんなことになったのはすべて矢後さんのせいである。
 すべて矢後さんのせいだが、ヒーローをやって、以前よりも人と接することが増えた。未来を変えることができるヒーロー仲間のお陰か、人と触れ合うのが怖くなくなってきた。顔を合わせる友だちもできた。ヒーローになったのはそんなに悪くはなかったみたいだ。
「おい」
 不機嫌そうな矢後さんに見下ろされ、自分が立ち止まっていたことに気づく。
「お前、今日はえらくぼーっとしてんな」
「……今日は夢見が随分悪くて。夢の中で大暴れする矢後さんを術式の糸で止める夢でした」
「俺の息の根も止めたんじゃねえだろうなぁ」
「さあ、その辺は忘れちゃいましたけど」
 矢後さんにギロリと睨まれて、さっと目をそらす。本当は矢後さんと一緒に大暴れしてたなんて言えない。
「くだらねえ夢のことなんて忘れて、さっさと行くぞ」
「ハイハイ、行きます行きます」
 踵を返して歩き出す矢後さんの背を追う。

 もし、夢の中の僕のように戦いを求める怪物を飼ってしまうようになってしまったら、矢後さんに責任を取ってもらおう。

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