2019.06.05公開。
矢後くんのバスケ練習を眺める久森の話。
「矢後さん、この間のパトロールの報告書が出てないって萌黄さんが言ってましたよ」
「へえ」
「矢後に書かせて今日中に提出させろやって言われました。なので、今日の放課後に書いてもらいますよ」
「あー、今日ムリ」
「は? なんでですか」
「部活ある」
バスケットボール部のヤンキーたちに混じって、運動着の矢後が慣れた手つきでドリブルをしている。その表情は心なしか楽しそうだ。
戦いがないときは寝ているか、喧嘩してるか、寝ているか、といった生活を送っているかと思われがちだが、身体を動かすのは嫌いではないようでたまに走り込みをしたり、今日のようにバスケ部の練習に参加したりしている。合宿施設でも体育館や校庭のコートで戸上と1on1をしているのも時々見かける。ゲームしか趣味がないような久森と比べればなかなか健康志向かもしれない。趣味だけは。
報告書は練習が終わってから、ということになり、矢後が終わってそのまま帰らないよう、久森は監視を兼ねて、練習を見学していた。
(練習なんて、普段ほとんど参加してないくせに)
ヤンキーによって用意されたパイプイスに座り、頬杖をつきながら、楽しげに球遊びに励む矢後を見る。
戸上の話を聞く限り、バスケでも矢後はオフェンスが強いタイプらしい。持久戦に持ち込めば、当たり前ながら戸上が有利なのだが、速攻を仕掛けられたらもうお手上げだという。矢後と戸上はやはり対照的だ。不良と優等生、オフェンスとデフェンス、色々なところで真逆だ。まあ、時折何を言っているのかよく分からないことを口走るあたりは似ているかもしれない。むしろそういう点では戸上の方がレベルが高い。なんだかんだで矢後は非常識なだけで道理のあることを言っている。さらに崖縁には浅桐の存在もある。一年生なのに佐海くんと慎くんは大変だなあ。他人事ながらそう思った。
背の高いヤンキーからボールをかっさらった矢後はそのまま、ボールをゴールリングへと放った。ボールはリングを一周してから、それを通過する。審判係のヤンキーがピピーッとホイッスルを鳴らした。
「っし!」
矢後は彼にしては爽やかな微笑みと共にガッツポーズを決める。そこで試合は終了したらしく、審判は再びホイッスルを鳴らした。
「さすがっス総長!」
「ナイス、勇成さん!」
「完敗です、矢後さん!」
「水です! どうぞ総長!」
試合が終わるなり、ヤンキーたちが矢後を取り囲む。マネージャーのヤンキーから水を受け取った矢後は「おー、さんきゅ」などと簡単に対応していた。
別段、矢後が彼らに対して何かをしているのを見たことがない。どうして彼らが矢後を慕うのか、以前は不思議で仕方なかったが、今はなんとなく解る気がする。
「お疲れ様です」
「お、久森。何、まだいたの」
「報告書を書いてもらうまで帰れません」
ご機嫌そうにタオルで汗をぬぐっていた矢後だったが久森が報告書の件を口に出すと嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「今日ムリって言ったんだけど」
「報告書も今日じゃないと無理です」
「お前がテキトーに書いといて」
「その日のパトロール、僕いなかったんですけど」
しばし沈黙が続く。そのあいだ、さっさとヤンキーたちは後片付けに精を出していた。
「こないだだってそんなこと言って出さなかったじゃないですか。あれから怒られたの僕ですからね。なんで矢後さんがやらかしたのに僕が怒られないといけないんですか。今日は絶対に書いてもらいますからね!」
「うっるせーな。へいへい、書きゃいいんだろ?」
「最初から書いてればいいものを……」
いかにも渋々と言った様子で返事をしているが、おそらく書かないだろう。多分矢後が言ったことを自分が書き起こすことになる。分かっていながらも書くように言ってしまうのは言い続けていればいずれはやってくれるかもしれないとどこかで期待しているからかもしれない。限りなくそれもゼロに近いのだが。
190605
