正しく勝ちたい

2019.05.20公開。
登場人物:頼城・矢後・志藤・戸上
道場で一番強い血性を持っている矢後くんに対して屈折した感情を抱く頼城さんと何でもない様子の矢後くんの話。そして、学校選びをする矢後くんの話です。
中学生かわいいんじゃ。

 頼城紫暮が生まれて初めて『嫉妬』という感情を抱いたのは小学六年生のときだ。

 頼城紫暮は小学生の頃から自分はヒーローになると信じて疑わなかった。愛すべき街、愛すべき人々を守ることができる力を自分は持っている、とずっと思い込んでいた。しかし、返ってきた血性テストの結果は散々なものであった。血性は明らかにヒーローとして活動する値に達していなかった。

 自分はヒーローになることができない。
 これだけの志を持っているというのに。

 その結果は頼城を落胆させるには十分だった。
 八草の空手道場に向かう車の中で検査結果の用紙を片手に窓の外を眺めていた。どうやらどこも血性テストの結果で持ちきりらしい、みんな頼城が持っているそれと同じ用紙を持って会話している。もちろん、空手道場も例外ではなかった。
 道場の仲間たちに散々、「自分はいずれヒーローになる」と話していただけに「頼城はどうだった?」と訊かれるのが少し怖かった。隠しても仕方ないから、はっきりなかったと言ってしまうのだろうが。真実を言ってしまうことによって、誰に何を思われようがどうでもいいが、自分で口にすれば、改めて「自分には血性がないのだ」と認めてしまうことになる。それが怖かった。
 道着に着替えて道場に入るとみんなが誰かを取り囲んで騒いでいる。気になって、一番後ろの少年に訊ねた。
「なんだ、この騒ぎは」
「矢後がさ、すげーんだよ」
 矢後、と聞けばより気になってしまうのが頼城の性だった。あの男の、何がどうすごいのか。
「何がすごいんだ?」
「血性。白星のヒーローほどじゃないだろうけどさ。この道場じゃ一番高いよ、多分」
 少年の口からそんな言葉が飛び出してきて、胸に焼け付くような痛みを覚えた。それからずっと何とも言えないモヤモヤが揺らいでいる。

 自分が持っていないものを矢後は持っている。

 そう思うだけで、普段からいけ好かないその男が一層気に入らなくなった。これは嫉妬だ。そう認識するのに時間は掛からなかった。
 頼城がモヤモヤを抱いているのもお構いなしに件の矢後は私服のまま、胴着を枕にして眠っている。イライラしている頼城は人混みを掻き分けて、矢後の頭の下から道着を引き抜いた。頭が容赦なく床に落ち、したたかに頭を打っていた。「んあ?」と間抜けな声をあげて、矢後が目を覚ます。
「ふあ……んだよ」
 睨みつけてくる頼城を見るなり、矢後があくびをしてから訊ねてくる。
「道場に入るのは道着に着替えてからにしろ」
 色々な言葉を引っ込めて、端的にそれだけを述べる。本当は八つ当たりよろしく、たくさん罵倒したいところだった。だが、そんなことをしても仕方がないのは解っているので自分を抑えた。
「もーそんな時間かよ」
「時間通りに来てもロクなことをしないなお前は」
「うるせーなー」
 頼城の小言を無視しながら矢後が頭をボリボリ掻く。その隣のカバンから血性テストの結果用紙がのぞいていた。血性の値は軽く頼城の倍以上はある。この男にはヒーローとして戦う力がある。空手も練習を怠けてはいるものの、実力は並以上だ。いつだって頼城と上位争いをしている。不戦敗になっているのは遅刻していつも来ないからだ。ヒーローとして戦うには申し分ないだろう。
「お前も受けたのか」
「おー」
「……お前、ヒーローになるのか?」
 いつになく慎重に頼城が訊ねると矢後は耳の中に指を突っ込みながら首を傾げた。

「別に。なんとなく受けただけ。ヒーローなんて興味ねーよ」

 ただでさえじくじく痛んでいる傷にナイフを突き立てられたような気分だった。
 頼城が持っていないものを持っているくせにこの男はなんてことを言うのだろう。頼城が喉から手が出るほど欲しいものをいらないもののように扱っている。
 痛んだ胸が一層、嫉妬の炎で焦がされていた。

***

 頼城が学校の宿題をやっている前で矢後が様々な学校のパンフレットを見て、神妙な顔をしている。まだ進学する高校を決めあぐねている矢後のために志藤と戸上が集めてきてくれたものだ。彼の周りにはそういうお節介が集まってきてしまうらしい。
「ははは、そんなに真剣な顔して読んでると知恵熱が出るぞ」
 眉間に皺を寄せている矢後を見て、志藤が笑う。
「あ? バカにしてんの?」
「なんだ、まだ決まっていないのか」
 志藤を睨み付ける矢後の隣に戸上が座る。そして、散らかっているパンフレットを一つ一つ整理し始めた。
「お前らはもう決まってんのかよ」
「俺と宗一郎と慧吾と敬は白星の高等部にそのまま進学するつもりだ」
 なあ、と戸上に同意を求めながら、志藤が答える。しかし、戸上からの返事はない。真剣にパンフレットを整理している。
「俺は前にも言っただろう。ラ・クロワ学苑だ。しかし、うちにお前のような不良を進学させるような枠はないからな……」
「まだ何も言ってねーよ。そもそも、お前と同じガッコなんて行きたくねーわ」
 頼城がため息を吐くと矢後がそう吐き捨てる。しかし、矢後の進学先というのはなかなか難しい問題かもしれない。
「うちも血統第一主義さね……。矢後も血性値はまあまあだが……スカウトされるほどでもねえ。一般入試でも学力ってのがいるもんでな……」
「……ハ、俺みてーな奴はどこも願い下げってことかよ」
 志藤にも難しい顔をされて、矢後は自嘲する。
「矢後はどういう学校に行きたいんだ?」
 パンフレットの整理を終えた戸上が唐突に訊ねてくる。「いきなり自由かよこいつ」と言いたげな顔をしてから、矢後が逡巡する。
「ケンカしてもテーガクにならねーとこ」
「ないだろそんな学校。喧嘩なんてどこの学校も推奨してないからな」
「入試が紙のテストじゃなくて、ラクなとこ」
「どこの学校も学力は必要だぞ。今からでも遅くはない。勉学に励め」
「授業サボっても平気なとこ」
「それはもはや学校というより幼稚園という感じだな」
 矢後の荒唐無稽な学校像に志藤と頼城が揃ってため息を吐いていると戸上が整理した内から一冊のパンフレットを取り出した。
「あるぞ。そういう学校」
「あるのか?!」
「あるのか?!」
 戸上の発言に矢後より先に志藤と頼城が身を乗り出した。戸上が微笑みながら差し出してきたパンフレットには太筆の荒々しい文字で「風雲児高校」と書いてある。
「あー、なるほど。東地区のとんでもねえヤンキー校さね。毎月喧嘩トーナメントやってるらしいぞ。確か、受験も一芸入試で筆記はないんだったか。さらに認可校だ」
「へー、いーじゃん、それ。東地区なら地元だわ。ガッコ遠いのだりーし、俺、風雲児にする」
 パンフレットを受け取った矢後の表情はどこか笑っていた。

『矢後勇成。俺たちと共に、ヒーローとして思い切り暴れてみないか?』

 そんな一言で矢後をヒーローに誘ったのは正解だったようだ。この間はずいぶんひどく荒れていたが、今は憑きものが落ちたかのように穏やかだ。
 そんな頼城も今度ミュータント化手術を受ける手筈になっている。成功すれば、志藤たちと同じようにヒーロー活動をすることができる。成功すれば、ではない。成功はするのだ。
 何はともあれ、今は矢後も頼城も横一列、同じスタートラインに立った。学校は違えど、同じようにヒーローになることができる。
 昔、何度も空手の試合をすっぽかされたが、ヒーローとしての勝負は必ず、この男に正しく勝ちたい。

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